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『ごくらくちんみ』読後の夕餉

健康づくり検診に職免で病院に行く日が、13日の金曜日
どこをどう取っても縁起でもない気がする。
退院して明日で1ヶ月の区切りにはいいのかもしれないが、
隣の県まで2時間ほどかけての検診。いやあ、小旅行。
家人宅からでも1時間ちょい。乗り継ぎとバスが時間を食う。
絶飲食で病院に向かうお供に選んだ本は、
杉浦日向子の『ごくらくちんみ』。
そういえば今年は、彼女が鬼籍に入って3年目の夏だ。


古本屋で手に入れたこの本はちゃんと帯付き。
ハードカバー。「お待たせしました! 
『江戸の達人』が贈る、酒と肴と女と男の『新・百物語』
 自筆イラスト入り和風ポップな超・短編集。6年ぶりの新作」


そう、彼女は私の世代のチョイ先輩。漫画の世界でも、
江戸学の世界でも、文学・芸能・趣味・TVで活躍する人。
NHKお笑い番組お江戸でござる」を格調高く楽しく〆て、
また来週という、何とも素晴らしい人だった。


ただ、彼女の作品・作風そのものに惹かれつつも、
ファンにはなれぬ自分。生き方・才覚への憧れと同時に羨望。
そして、微かに感じる違和感。
それが、彼女の早すぎる死の後、はっきりと明確になった。
TVからも、文章からも何かしら感じていた違和感、
それが、この『ごくらくちんみ』を読むと、改めてはっきりわかったから。


珍味を口にし、自らスケッチ。
食べること、自分の内に取り込むこと、
生きて食べること飲むことが出来る有難さ、目出度さを愛おしみ、
くっついたり離れたり、どうしようもない腐れ縁、
潔い別れ、忘れられずに悶々、ある時は優しく受け止め、
親子きょうだい、同性異性を問わずに向けられた優しいまなざし。


それは、生き急ぐような切ない語り口。
食をテーマにしたエッセイに、人の生き死にを、
人生を盛り込んで綴られた、「さよなら」のメッセージ。
読んでいて哀しくなってしまった。


でも、彼女が生きているうちに読まなくて良かった。
彼女の死後も続くお江戸ブームの中で、私は日々遠ざかる彼女を
今やっと落ち着いて、追憶の中からゆっくりと拾って読んでいる。
改めて読み返す日々。かつてどうしても醸し出される雰囲気に、
何かしら近付き難い違和感が感じられたのを、
闘病生活だと知って納得できて初めて、
読みながら沿い、沿いながら読むことが出来る心持ち。

ごくらくちんみ

ごくらくちんみ

お江戸風流さんぽ道 (小学館文庫)

お江戸風流さんぽ道 (小学館文庫)

杉浦日向子の食・道・楽

杉浦日向子の食・道・楽


管理栄養士や運動療法指導士、医師の検診結果コメント。
「特定保健指導 動機づけ支援レベル」だそう。
意識して生活を、孤独な戦いを続けてください、か。
常識・知識が無いわけではない。ただ、仕事は食事を不味くし、
心を苛立たせ、限りなく疲労を連れて来る。安眠も出来ない。
その憂さ晴らしに、食べ物を口にしている。それだけのこと。


大学に通った隣の県までやってきたので、大学時代の親友と夕餉。
待ち合わせにやや遅れてきた友人は、大学生かと見まごう若作り。
これじゃあ後姿から見たら、親子で呑みに行くみたいじゃないかと苦笑い。
少々値が張る美味しい魚とお酒のお店。ふと、店の入り口に立ち、
杉浦日向子なら、どんなふうに粋に着物を着こなして、
お猪口を傾けて、微笑んで飲むだろうと思ってみたりする。
外見に似合わず、男性的な性格だったと言われる人だが。


退院して食事に気をつけていたが、1ヶ月もするとさすがに疲れてきた。
気を付けて食べるということにも苛立ちが募る。患者とはこういうものだ。
病気とはこういう所から引き寄せてくるのだろう。
節制が足りないというか、真面目しているのに疲れる。
上手に息抜きが出来ない食生活。ある日爆発して、
普段は滅多に飲まない清らかな生活が、学生時代の宴会の夜に逆戻り。

明日で退院1ヶ月、1年に1度も会うことのない親友と再会。
ついこの間、お互いの親友の父上の通夜で遇ったせいもあり、
その後の話に花が咲き、尾ひれがつき、とめどなく・・・。
「人生五十年、下天のうちを比ぶれば 夢 幻のごとくなり」を
語る年になったのだから。これが飲まずにいられるか。
飲もう。肴は肉類・揚げ物一切無し。酒は日本酒、冷ばかり。
桃のしずく、噴井の大吟醸から始まって、杯を重ねれば重ねるほど、
何だか飲み出したら止まらない。鶴亀、国士無双、秋鹿、菊水。

私に日本酒を教えてくれた恩師を偲んで飲んだ。
父上を亡くした友人の家の今後を憂えて飲んだ。
自分の頭の上のハエを追わねばならぬ身。
自分を酒の肴にすると、話はますます湿っぽくなっていけない。
私達「いぬめり会」の面子の人生はそれぞれだ。


仕事が恋人だと思ってきたのにと嘆く、非婚、子ども無しの友人。
阪神大震災で一家離散の憂き目に遇った帰国子女の母として踏ん張る友人。
企業に使い回しされた挙句、年金片手にあっさり退職した友人。
見合い結婚で家庭から一歩も出ない奥様の友人。
後妻に治まり為さぬ仲の子を嫁がせ、今また父を見送った友人。


何のことは無い、杉浦日向子がさらりと書いたエッセイの男女に
負けず劣らずの人生が、渡るに渡れぬ天の川のように、
何気なく横たわっていて、唖然とするばかりなのだ。
そういうものをさらりと振り返りながら、酒の肴にしつつ呑む歳。
来し方行く末を酒の肴にして平然と呑む歳になってしまったのだ。


検診と出張と、友人との再会と、酒・肴。
お通し、刺身盛り合わせ、岩牡蠣、床ぶしの煮付け、
蓮根饅頭の蟹身餡かけ、鰻巻き、アサリの雑炊。
気が付けば3時間ほど呑んで食べて、カウンターで過ごした。
長っ尻の客で申し訳ないが、おばちゃんともなれば怖いもの無し。
栄養管理士の先生、ごめんよ・・・。


『ごくらくちんみ』の世界には程遠いが、
久しぶりに美味しいものを食べたなあと思った。
今宵、私は遅ればせながら、追悼の気持ちを込めて呑んだ。
自分の世代の日暮れていくのを感じながら。

杉浦日向子の江戸塾 (PHP文庫)

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大江戸美味草紙(むまそうし) (新潮文庫)

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