Festina Lente2

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『あなたと共に逝きましょう』

何て題名だ。しかし、紛れもなく題名に惹かれて読んだ。
こういう題名に惹かれること自体、自分の中では苛立ち、
やりきれない思い、してやられたような感覚、
言葉に出すのにためらう思いを引っ張り出されたような、
えもいわれぬ感情が波立ち、どう形容していいものだか。


本当にこういう立場に置かれたことが、
病の種類や程度の差こそあれ、ある一定の期間、
ある一定の状況に縛り付けられ、
心身ともに疲弊し磨耗し抑鬱状態に陥り、
倒れこむように眠りたくても、神経が興奮し続け眠れない。
過覚醒の毎日を、奇妙な高揚感に支えられて乗り切れば、
乗り切った所ではなく、他のあらゆるものが犠牲にされ、
感覚が遮断され、疲労を感じたときには動けないほどボロボロに。


題名だけを見ていても、封印していたはずの想い出が蘇る。
何だか家族の命のやり取りを経験した人間が読むには、
自虐的な読書という感じ。
別に熟年・老年の夫婦でなくても、
何十年と連れ添った夫婦の間でなくても、
空気のようにそばにいると思っていた存在が、
もぎ取られる、一瞬のうちにではなく、
じわじわともぎ取られるような、緩慢ないたぶりの中で。


『あなたと共に逝きましょう』 センチメンタル?
そんなふうに言えるほど一緒に過ごす時間があったとでも?
逝けるはずもない、幼い子どもを残して。
だから、こんなふうな言葉を臆面もなく出せるのは、
長年連れ添った夫婦、子どもも大きく成長して一人前に仕立てた後の、
夫婦だけの関係になった人間の、そういう人間が言えるせりふ?
この言葉は夫婦間のせりふ?


それは、フィクションとして成り立つのかもしれない。
でも、随分傲慢な感傷のような気がする。
少なくとも神経を逆撫でされるような、そんな気持ち。
後味の悪い読書。何でこんな題名の本を読んでしまったのだろう。

あなたと共に逝きましょう

あなたと共に逝きましょう

少なくとも、フィクションだと冷静に読めないのは、
人の死、家族の死、連れ合いの死、身近な者の死や、
死を迎える迄の時間というものに過敏にならざるを得ないから。
普段は忘れているように見えても、現実には「メメント・モリ
嫌というほど突きつけられる現実に、向き合わないといけないから。
ゆっくり休んでいるようでも、眠ることのできないお姫様。
童話の世界にも安眠できない話がある。
最もそれは布団や毛布の下に隠された、たった一粒の豆のせい。
でも、いくら真綿でくるまれていても、
当人や家族にとっては、鋭い針以外の何物でもない。


医師とのやり取り、代替医療にすがる当事者。
同僚、仕事との折り合い。もしものことがあった場合の始末。
夫婦の間でも知らない、わからないお互いの仕事の世界。
食事、残された時間、手術、成否、子ども、親戚、会話、
小さな出来事の重なる毎日、他人との比較、
甲乙を付けて比べられるはずもない、鼎の軽重、
人間の幸福の度合い、感情の波打ち寄せる日々の浮き沈み。


『あなたと共に逝きましょう』
物語の中の主人公が、晴れて夫の手術が成功した後、
自分自身が死んでしまうと表現するくだり。
自分自身が逝き遅れて、先にもう死んでしまったような、
空っぽの空白、何もかも暗黒に飲み込まれたかのような虚無の中で、
疲弊しきって生きる気力を失ってしまっている虚脱感、
やりきれなさ、せつなさ、切実さ。
それが自分自身に重なってくる。
作品の世界に感情移入というよりも、
過去の記憶に取り込まれたように身動きできなくなる。
・・・こんな読書をするのではなかった。
こんな本を読むのではなかったと思う。
後味の悪い読書。怖いもの見たさに近い読書。
自虐的な悪夢のような想い出を書きたてる読書。


病の種類は違えど、心に受ける衝撃、広がる闇の深さ、
後々まで尾を引く思いの湿り気は、似通ったものがある。
そう思わざるを得ないほど、激しい喪失感に長い間晒されると、
自分の命が半分以上は向こうの世界に取り込まれ、
生きている実感よりも、生きている虚しさの方が連れ合いになる。
そんな毎日を押し隠して、人間としての生活を成り立たせようとする努力。
張りぼての努力を現実の生活の維持に置き換えて
静かな悪戦苦闘を続けざるを得ない。
そのことを思い出させる、こんな作品を読むのではなかった。


そんなふうに読者に感じさせる、それが作家の力量というものだ。
そう思えたらどんなに気が楽になるだろう。
なのに、私は隠された悪意、何かを攪拌し沸き立たせ、
石を投げ、波紋を広げ、敢えて押し沈めていたものを、
意識の底にあるものを無理やり汲み上げてくるような、
そんな悪意を感じる。
意識化、覚醒、気付き、そういう言葉でオブラートにくるんで、
針の筵は布団を敷いて、敷き重ねて寝てみても、
安眠するに足りるものではないことを突きつけてくる、
そんな悪意を感じる。


・・・そんなふうに感じるのは私の弱さ?
被害妄想、現実逃避、予期不安、脆弱な生き方、
根性なしの、肝っ玉の据わっていない、
年甲斐もない感傷的な私の弱さ?
単なるこういう内容の小説と割り切って読み飛ばす。
そういう心の距離がうまく取れない。


深い深いトラウマの根を白日の下に晒すような、
鬱の洞穴を再び垣間見る。寂寥感で濡れそぼる。
そんな読書をしたことを悔やむ。
『あなたと共に逝きましょう』 だなんて、
よくもこんな言葉を題名に。

人生は廻る輪のように (角川文庫)

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永遠の別れ―悲しみを癒す智恵の書

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