Festina Lente2

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フランス料理は止まり木で

勉強会は楽しい。しかしハードだ。
娘も家人もほっぽり出して、勉強会。
夜も21時を回って空腹。自分が何者なのかわからなくなる。
わかっているのは、あれから丸5年だということだ。
家人が倒れて救急車で運ばれて緊急入院してから。
次に娘の誕生日に転院し、長い入院生活は本格化、
私は自分の病休を切り上げ、介護休暇を取った。


かねてから不安だった家人の健康が一気に悪化、
娘の保育園最後の運動会のさなかに倒れ、それから入院、
「降って湧いた災難」と思っていたのが、元からあった地割れが、
表面化したのに気付かないまま、前向きだった頃。
医学を信じ希望を持って、しかし不安なまま、
5年前家人を病室において帰宅した、あれから丸5年だ。


この夏はずっと苦しかった。
暑ければ暑いほど元気でいようと思った。
あの5年前の夏、富士山の見えるところで葡萄狩り。
家族は離れ離れでも幸せで、この幸せがずっと続くと信じていた。
仕事はお互いハードだったが、私の仕事に理解があり、
相手を枠にはめることもせず、よくぞと思っていた矢先、
足元を掬われた。それが、納得できないまま。
自分がどうしてこんな目にあうのか理解できないまま。


5年経ってみれば、現実の生活は見事に繕われて、
平穏無事の世界が広がっているように見える。
でも、自分自身が感じた世界の崩壊感、脱力感、
そして後に消えることの無い極限までの憤怒の怒り、
絶望の底の諦観、ありとあらゆる幸せが去ったような、
そんなパンドラの箱を開けた後、希望として残っていたのは、
娘の存在だった。
その娘の誕生日に転院、保育園児だった娘はもう5年生だ。
私たちの鎹である、宝石のような娘はもう5年生。


取り繕われた日常。フラッシュバックしてくるのは、
激しい怒りと悲しみと、その憤りに気が狂いそうになる自分、相手を許しきれない自分自身が重なる。
何年経とうと、この日を忘れない。
何年経とうと、8月9月10月と、夏から秋に掛けて
フィードバックではなくフラッシュバックしてくる、
この感情の嵐を宥めるのに、労力を要している。



怒りや悲しみや憤りを直接人にぶつけるのは良くない。
嘆いたとて、どうにもならないことが山ほどある人生。
楽しい記念日を、お出かけ日を、写真を山ほど作ろう。
そう思いながらも、地割れしそうになる感情と、
満たされないまま錆びて行く自分の心身に、
やるせない思いで、日々を漂っていかなくてはならない。


ひょっこりひょうたん島』のように、泣くのは嫌だ、
笑っちゃおう人生でいたいけれど、一枚皮を剥げば、
うらみつらみをこねくり回して、消化不良になっている。
そんな自分を持て余しているのだ。
大人になるということは、それもまたよしとして受け入れる、
淡々とやり過ごすことかもしれないとは思いつつ、
太りつつある月に、変わり映えせぬ満ち欠けに苛立ち、
私だけがこのままずっと老いて行くのだろうかと、うんざりする。


そんな時、止まり木のようなフランス料理の店で、
一人飢えを満たす。一人きりになりたい。
でも美味しいものは食べたい。
とある映画の歩く死体は、「食欲」という本能だけは消えない。
そして、食べられる相手を求めて歩き回る。


心まで歩く死体になってたまるものか。
そうは思っても、この5年を乗り切るのは辛かった。
これからも辛いだろう。忘れることが出来ないから。
寄せては返す記憶の中で、煮えくり返る怒りや悲しみを、
どう料理して飲み下してしまえるものか、いつまでも悩んでいる。
いつまでも消化不良で、白髪も体重も増え、過覚醒の日々が続く。


言葉を紡げなくなるくらい、考えるのを止めたくなるくらい、
人間から遠ざかってしまいたくなる時がある。
そんな時、緑に囲まれて寛ぐ。食事をする。
美味しさを味わう。お喋りをする。共に過ごす。
見詰め合うことが出来なくても、同じ方向が向けるのならばよしとしよう。
そう思ってここまで来た。


あれから5年。これから何年?
植物に囲まれて食事している。止まり木に、とまって。
一人のシェフが心を込めて作る料理を、一人で味わう。
明日は休日出勤。その気力と体力を得るために、
食べねばならぬ。このまま倒れるように寝る前に。
誰かが丹精込めて作ったものを、口に運び、
負いかけて来る憂鬱と気鬱と過去を忘れてしまえるように、
物語の登場人物のように、自分を時間の中に塗り込み、
闇の中に浮かぶシルエットのように嵌め込む。

人生を味覚の中に。
涙で食べる食事の味。
その涙は人前では見せない。
誰かの作る食事を食べて、心の中で泣きながら食べる。
まだ、美味しいと感じる。
この味を一緒に食べたいと思う人がいる。
家族がいる。


一緒に食事したい人と一緒に過ごそう。
限られた形、限られた時間。
そう思って、気を取り直す。
まだまだ一緒に見たい景色がある。
一緒に食べたいものがある。
死ぬまで、美味しいものを一緒に食べたい。
家族でいたい。
そう思いながら帰る夜。真夜中。
明日は休日出勤日。

フランス料理の学び方―特質と歴史 (中公文庫)

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基礎からわかる フランス料理

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