Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

日本全国ER状態

焦燥の日曜日。
連絡はつかない。掛かってくる電話は関東から。
ここでじたばたしても何にもならないと頭で分かっていても、
落ち着かない。けれども、当たり前の一日を過ごす。
気が滅入る、気がせく、気落ちする、気分が乗らない。
そんな御託を並べる余裕がある事自体が間違い。
あれこれぶつぶつ沸騰する頭の中を、空にしてしまいたい。


関東とは連絡がつく。私から友達へも。
それより向こうは駄目。宮城とは駄目。
祈りながら連絡待ち。ただただ無事を祈るだけ。
苛立ちを抑えながら普通の生活をする。
その精神的な強さを私は持ち合わせているだろうか。
普通の生活を送ることが、後ろめたいような気さえもする。
外には日曜日にふさわしい春の初めの日差し。
値上がりしたものの十分に給油できるガソリンスタンド。
洗濯をするのに不自由しない水。
買い物をする場所、お金、時間、ここにはある。
そして、当たり前の日常が。


県人会から、新潟の知人から、あろうことかこんな時に、
記憶が曖昧な老母にどのように話をつけたのか、
リフォームの見積書を出したとかいう業者からの電話。
更に、関西電力からというから地震に関してかと思うと、
泥棒避けにホームセキュリティのセンサーを云々のセールス電話。
こんな時にセールスの電話? 日曜日の午後。
欲しい電話はやって来ないのに?
電話・連絡待ちで家にいるというのに、セールス?


彼らは彼らの仕事、日常をこなしているのだろうけれど、
何と腹立たしいのだろう。でも、これが日常。
当たり前の休日。人がいる時間を狙ってセールスは来る。
地震だろうが人が亡くなっていようが、
全く何の係わりも無いように、また実際に無いので、
その流れの中に巻き込まれる。
自分だけが、自分の意識が、自分の家族の事情が、
他の人の、地域のそれとどれだけ重なり交わるというのか。

Heal Thyself

Heal Thyself

あるがままに

あるがままに


画面から溢れるニュースを見続けると、
継続的に侵襲されている、そんな気分。いや、実際。
であれば、見なければいい。見なければ。
日本全国ER状態。どこから手を付ければいいのか、
みんな重傷者ばかりという、そんな。


当たり前に、何も無かったところは当たり前に生活するのが一番。
それは、怪我をしていないからだの部分が自分の仕事をするように。
足を怪我しても、手や頭を怪我しても、痛みがあっても、
栄養を取らなくてはならないように、
動く部分を動かして機能を維持しなくてはならないように。


考えずに何も受け止めずに過ごすということも、選択肢。
しかし、考えつつも受け止め、当たり前のことをこなす。
これも選択肢。とても大事なこと。
自分から機能停止状態になってはいけないと、
自分は今、周りの家族のために、仕事や家事をこなす。


それが今できること。
泣くことを忘れたのではなくて、泣きながらでも出来ること。
泣かなくて済んだことに感謝しつつ、出来ること。
当たり前の毎日を大事に過ごすこと。
私はERの再放送(録画)を見ていた。
今回のテーマは Heal Thyself


傷ついた人間同様、国も、人も、組織も、町も、
癒せる日々が来るのだろうか。
そんなことを考えながら、この言葉を噛み締めている。
現在が過去になり、その過去が未来に反映されることが。
Heal Thyself、Heal Thyself。

リコネクション―人を癒し、自分を癒す

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魂の友

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