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聖徳太子ゆかりの名宝展

市内に出張日。予定より30分早く終わった。
せめて1時間なりとも見たいと大阪市立美術館に出向いた。
入院していなければ、もっと早く見に来たはずだった。
退院してからは時間があっても立っているのが辛いので、
観る機会を逸していたのだが、6月8日までの展示とあっては、
この僥倖のように空いた時間を無駄に過ごす訳には行かない。


河内三太子 叡福寺・野中寺・大聖勝軍寺に伝わる、
聖徳太子ゆかりの品々。なかなかお目にかかる事の出来ない、
寺外初公開の品々も含まれている。
何しろ、叡福寺以外の寺には足を運んだ事が無い。


何故か、我が両親は曹洞宗であるにも拘らず、
初詣はドライブして叡福寺に出かける位、この寺が好き。
従って、正月三が日のうちは出向いて甘酒を頂きお参りするのが
例年の慣わしだった。結婚してからは、両親と共に詣でる機会が
減ってしまったのだが、この春思い立ってドライブしたばかりだ。
http://d.hatena.ne.jp/neimu/20080403


展覧会最後の週のせいか、平日の午後、16時とはいえ
それなりの人手。但し、非常にお年寄りが多い。
山岸凉子の『日出処の天子』や池田理代子の『聖徳太子
連載当時であれば、若い読者ファンが訪れたかもしれないが。
もっともリアルタイムで読んできた私がこの年齢なのだから、
致し方がないと言えば、致し方ない。


太子信仰は地元信仰、この関西ならではで、
歴史好きの好事家ならばともかく、宗教としての強烈なインパクト、
葬式仏教のような影響力を持たない。
どちらかと言うと、その個性と伝説的な存在が際立つ太子信仰。
他の仏教宗はとは異なり、抹香臭さが余り感じられない。

天皇と日本の起源 (講談社現代新書)

天皇と日本の起源 (講談社現代新書)

聖徳太子の秘密 「聖者伝説」に隠された実像に迫る (PHP文庫)

聖徳太子の秘密 「聖者伝説」に隠された実像に迫る (PHP文庫)


今回、聖徳太子の一生が多くの絵伝として残っていることを知った。
1枚の掛け軸の中に様々な場面、伝説が描かれているのだが、
どうやら英雄・神仙の類の出生は、物語・伝説の類似性著しく、
仏陀の母マヤ夫人の懐妊の伝説宜しく、夢に金色の僧を見て懐妊。
厩戸の前で出生。まるでイエス・キリスト
2歳で南無仏と唱える。これも仏陀天上天下唯我独尊伝説そっくり。


製作された年代のせいで、数多くの掛け軸が
飛鳥時代の風俗ではなく平安時代の風俗を以って描かれる。
よって、辛うじて「みずら」で描かれる太子ならばともかく、
平安時代の衣服髪型で延々見せられていると、変な気持ちになる。
もっとも私が正式で正確な時代考証が出来る訳ではないが。


多くの仏画・仏像と共に、何枚も描かれ残っている
聖徳太子の一生、ハイライトシーン。
后の1人が膳臣(かしわでのおみ)の娘・膳大女であることは知っていたが、
(『日出処の天子』の読者は否が応でも古代史に詳しくなる)
「芹摘姫」として野原での出会いの場が描かれているとは。
万葉集の冒頭、雄略天皇のプロポーズの歌の場面を髣髴とさせる。


籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち
この丘に 菜摘ます子 家告らせ 名告らさね
そらみつ大和の國は おしなべて われこそ居れ
しきなべて われこそ座せ
われこそは告らめ 家をも名をも


古式にのっとって春の野辺で若菜摘む乙女に求婚する図式は、
宗教的にも民俗学的にも一つのパターンではあるのだけれど、
その娘の名が「芹摘姫」だとは知らなかった。
高貴な人々の食事を司る膳氏の血筋ならではのネーミング。
芹は春の七草の一つで滋養があるとされているし、
万葉集では「世理」の字を当てられているし。
まあ、意味深。聖徳太子の最後まで付き添い、
先立って亡くなり、共に葬られたという部分だけ見ても、
巫女的な色合い濃い后ではあるし、ね。


そんなことを考えながら歩き回っていると、
学生時代の歴史オタクな友人たちとのたわいない会話、
文学部で過ごしたマニアックな文学少女時代の終焉を思い出した。
そんな風に語り合い、笑いあった友人たちも白髪を染める年になり、
次々と親を見送る立場となり・・・。


聖徳太子その人でさえ、権力争いと無縁に過ごすことは出来なかった。
才能・能力に恵まれ、数多くの伝説を残し、
信仰の対象となったその一生でさえも、子や孫を守ることは出来なかった。
同じ血縁の蘇我氏に、権力争いから滅ぼされ、歴史から姿を消す上宮王家。
掛け軸の法隆寺から、諸皇子達が空を飛ぶように昇天する姿。


血生臭い戦乱の世、世継ぎ争いの場、権力を握るか裏で操るか、
名を捨て実を取る摂政として、女帝を盛りたて豪族達と渡り合い。
磯長(しなが)の地、太子町に眠る推古天皇と、
太子と共に葬られている母、穴穂部間人皇后と、妻、膳大女。
人生50年、49歳の一生。
最終的に、子孫を残すことの出来なかった一生。
当たり前の形で子々孫々を残す事が出来ない一生。
豊聡耳の異名を持つ太子でさえも、
人の世の哀しみを逃れる事が出来なかった、一生。


あっという間の1時間余り。美術館のタイム・トリップから
足早に外に出て、娘のお迎えの為に急いで帰宅。
平凡に過ごす、歴史とは無縁の、
家族とのささやかな、平和な時間に戻る。

日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)

日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)