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川原泉『ブレーメンⅡ』

私が川原泉を読んだのは20代の頃だから四半世紀は読んでいる。
最近は余り描いていないし、メガヒットを飛ばしているわけではないが、
根強いファンを持ち、そのほんわかした絵柄と共に
知識欲を満足させる吹き出しや解説の巧みさは、
つまらない小説よりもずっと面白く心温まる。


ちょいとブランクが続いた後、連載が始まり単行本に、
その後またずいぶんブランクが続いてたいそう寡作に。
ちょっとリアルタイムファンとしては心配。
で、その単行本が文庫本になって最近発売されている。
経済的に見ると単行本があって、文庫本を買うのはどうかと思うのだが、
ファンというものは、それはそれで買ってしまう恐ろしさ。(笑)


というよりも、幼少時より私の蔵書を盗み読みしていた娘。
川原泉のファンになって久しい。
『本日のお言葉』なんぞ小脇に抱え、この台詞はどの作品から?
と質問される始末。記憶力のいい小学生になかなか太刀打ちできない。
かつての絵柄と変わってしまって、賛否両論分かれる『ブレーメンⅡ』
直線的な描写が何だかなあという感じは今もってあるのだが、
ストーリー展開と、ところどころの薀蓄はさすが川原調。


ブレーメンⅡ』というからには、連想するのは童話のブレーメンの音楽隊。
活躍するのは音楽隊どころか、人語も解し人並み外れた能力を持ち、
宇宙船で働く“進化した”動物たちなのだが、
その陰で動物の能力(遺伝子)を自分に組み込み、
世界征服を図るひねくれた人間や、
人間以外の生物を蔑視する偏見と差別に満ちた関係、
そう、動物を異国の人、肌の違い、言葉の違いに置き換えれば、
人間と人間の関係に他ならない、シビアな問題を含んだ作品。
それが『ブレーメンⅡ』

ブレーメンII (1) (Jets comics (241))

ブレーメンII (1) (Jets comics (241))

ブレーメンII (2) (Jets comics (242))

ブレーメンII (2) (Jets comics (242))



その出たばかりの文庫本3巻目を、昨日歯科通いの帰りに買ってきた。
かつてのような溢れるほどの薀蓄は減ったものの、
小さなもの、報われない気持ち、陰日なたなく働くものへのまなざし、
道端に咲くの野の花のような生き方、ちょっと人とは違っている、
そのことを感じながらも自分ではどう使用もできない人々、
もしくはマイペースに自分の道を突っ走りながらも、
どこか憎めないユーモアをたたえた不器用で優しい人々。


そんな主人公や登場人物たちに思わずくすっと笑ってしまい、
うんうんと頷かされ、はらはらどきどきしながらも、
いつの間にか癒されて、悲しくも微笑ましく笑ってしまう。
そういう川原作品の主流、王道を引き継いでいる『ブレーメンⅡ』
人権、ヒューマニズム、男女平等、共生教育、
グローバル社会に向けた教育のエピソードが盛り沢山。
そんな風にも思えるストーリー展開。


昔の作風を捨て、この作品を書いていた作者は、
どんなことを考えていたのか・・・。
読者に何を伝えて、どんな世界をイメージして貰いたかったのか。
「毛色」「姿かたち」は違えど、志し気高く優しく協調的で、素朴で真面目。
訳のわからない言葉を発しながら迷惑を振りまく火星人さえも、
大目に見ながら乗船・同居させている宇宙船。
そしてその船長は、うら若き乙女。イレブンナインの異名をとるキラ・ナルセ。


こんなスペースヒーローが、いや、キラだけが主人公名だけでなく、
動物たちも、そして人間という哺乳類の一種も、
共に戦い、共に悩み、危機を乗り越え、宇宙を行き来する。
シリアスさは希薄な絵柄だが、ストーリーに散りばめられた心意気は、
何とも言えずしっとり心を潤してくれる。
状況はかなり悲惨で、悲しいことも沢山あるけれど、
生々しい劇画調の人間模様ではないから、かえって、
人種差別も殺人事件も怪我も病気も、すったもんだ全体が、
ユーモラスな動物の姿に置き換えられ、オブラートに包まれて、
でも、言うべきことはちゃんと言う展開。

ブレーメンII (3) (Jets comics (243))

ブレーメンII (3) (Jets comics (243))

国と国とが、人と人とが、親兄弟姉妹が、血が繋がろうが繋がるまいが、
許されないと意識・嫌悪・憎悪した時点で、慇懃無礼から一触即発。
そんな人間世界を鏡のように移す、メルヘンタッチな『ブレーメンⅡ』。
小4の娘には楽しいだけの話ではなくて、生きていく上での辛さが、
そこはかとなく上手に演出されている作品だと
どこまでわかってくれているか定かではないものの、
話題にできる嬉しさ、共通点を見出せる楽しさに釣られて、
ついつい財布の紐を緩める。


動物と仲良く生きていく以前に、身近な人間同士で、
一つの目標に向かって生きていく、仕事をすることの、
困難さをしみじみと胸に刻んでいる今、
人に仕事を任せ、点検・見守り・指導する側に回った年齢・立場。
職責の微妙な変化に戸惑いながらも、現役でいることは、
このまま現場にいることは、何なのだろうと自問自答しながら、
時として逃げたくなる衝動に駆られながら、
ある時はこの職域で培った仕事の上でのDNAを譲り渡す、
伝えることなくして倒れるものかという意地に燃え、
今日も一日を終えて岐路に着く。


娘よ。君の生きる未来は、『ブレーメンⅡ』の理想に
少しでも近づけるだろうか。
かーちゃんは、何だか少々くたびれてきているけれど、
自分の中の矛盾に気が付きながら、自分を軌道修正することに、
終われる年齢になってしまったけれど、娘よ、
君の行く道は、王道なのか。
ブレーメン?」が望んだ、描こうとした未来なのか。


みんなで苦労して働いて、笑って美味しいものを食べる席に集う。
分け隔てのない世界。なかなか届かない世界に近づいているのか。
今よりも、もっともっと。少しずつでも。
そんなことを夢想する今日の日だよ。
メルヘンタッチな漫画にもしみじみしてしまう今日の日だよ。

ブレーメンII (4) (Jets comics (244))

ブレーメンII (4) (Jets comics (244))

ブレーメンII (5) Jets comics

ブレーメンII (5) Jets comics