久坂部羊氏 講演
今日大阪倶楽部で講演会を開く。早くから申し込んで楽しみにしていた。
本日、ナカノシマ大学11月講座、
「手塚治虫に学ぶ “生きること、死ぬこと”」
一ヶ月以上も前から予約していた講演会に参加することが出来た。
手塚治虫に関連する話がどれだけ聞けるのか、楽しみにしていた。
この作家は職場の先輩の同級生、つまり私にとっては先輩同窓生、
医師と作家の二束の草鞋で活躍しているだけではなく、
私が学生時代大切にしている思い出、昔の阪大医学部があった頃の中之島祭、
手塚治虫が講演に来たあの思い出を共有している作家、久坂部羊氏。
彼の思い出話は、こちら。
月刊島民中之島のバックナンバーから、vol14 2009年9月号。
http://nakanoshima-line.jp/part/nakanoshima/toumin.html
中之島ふらふら青春記5 中之島の『ブラックジャック』久坂部 羊
もっとも医学部卒業前の医師の卵だった彼の記憶と、
思いを寄せていた後輩とわくわくしながら講演に臨んだ私とでは、
記憶の温度差が激しいのはご愛嬌。(笑)どちらにしろ不思議なことに、
その場に居合わせたのは事実で、私が手塚治虫直筆の「火の鳥」を
幸運にも手にしたのも紛れも無い事実。
その時の思い出話はこちら →http://d.hatena.ne.jp/neimu/20061103
講演前半は、インタビュアーが半ば強引に話題を引っ張っていることもあり、
ちょっとちぐはぐな印象、後半はスムーズに流れて本題に。
初めてお会いする久坂部氏は、思っていたよりも老けておられた。
少々寂しいおつむりのせいか、手塚治虫の30年前の講演の話題が出て、
手塚氏が「好奇心が大切」「若い時は挫折が必要」と説いた後で、
学生が「ベレー帽を取ってくれ」とせがんだ話題に。
手塚氏が「そういう好奇心は挫折するよ」と軽くいなしたエピソードを披露。
かつてその場にいた私も懐かしく思い出した。
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手塚治虫は没後20年経っても、押しも押されぬ大御所だが、
名作『ブラック・ジャック』が当事低迷していた手塚氏に
「過去の漫画家の花道を飾る形で用意された連載」だったと知る人は少ない。
私自身は中学生の頃ファンレターを出して返事を直筆で2通貰っているが、
当時の連載内容はやや暗いものが多く、『海のトリトン』のTV化に至っては、
原作と全く異なる形で放映されていたし、
それまで一世を風靡した手塚アニメはどこへ行ったのかという感。
高校時代、リアルタイムで『ブラック・ジャック』を読んだ人間としては、
胸が詰まるような裏話。(手塚氏が後々、自分のスランプ時代を語っていた)
今から思えば、手塚治虫はどうすればもっと深みのある作品が描けるか、
その画質から劇画ブームに押され気味で、どんな内容が描けるか、
暗中模索の時代だったのだろう。
ヒューマニズムにのっとった作品が多いとされる、手塚治虫漫画の世界。
その見解に不満があるというのが、久坂部氏の前半の話の骨子。
要は、アトムやその他多くの手塚作品を、愛と正義とヒューマニズムで
一括りにするのは笑止千万、読みが浅いと言う主張。
さもありなん、光あるところには影がある。
人の心の闇や欲望の深さ、悩みや絶望の底なしを知らずして、
気高く清らかな心、行い、理想や希望に燃える思いを描けようか。
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手塚治虫は昭和と共に生き、昭和と共に逝った。
その青春時代は戦争体験に彩られている。
その彼が、単純2元論で物事を見ていたはずが無い。
男性原理女性原理だけに囚われて、善悪美醜をカテゴライズし、
勧善懲悪の単純な世界を自分の作品世界に投影したはずが無い。
ロボットでありながら、人間の代理として誕生させられたアトム。
双方の板ばさみになり、アイデンティティに悩み苦しむアトム。
様々な形で戦い続けなければならないアトムの宿命は、
ロボットでありながら人間と同じく、
生まれ生きねばならない存在そのものが持つ、
様々な葛藤に常に翻弄される。
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久坂部氏はアトムとアトラス・青騎士の戦いを、
善と悪を分けるオメガ因子の有無で説明していた。
つまり、人の心は誰もが善悪双方を併せ持つ。
人は二つの、嫌複数の心を持って当たり前。
その相克・葛藤は『リボンの騎士』の中にも既に描かれている。
後に描かれる社会派ドラマ作品にも、振幅の激しい人間性を持つ
個性的な主人公の生き様を手塚治虫は描き続けた。
人の心にある相反するもの、混在するもの、単純には割り切れぬもの、
運命に翻弄され、報われぬ叶わぬ思いを抱きつつも、
自分の人生を生き、死ななければならない存在を。
すっぱりと綺麗事で割り切れるはずがないものを、
漫画の世界に持ち込んだ。
久坂部氏は医学生時代『ブラック・ジャック』を、
将来医療に携わるものとしての立場から、熟読。
それゆえ、手塚治虫の胸のうちを実感することになったのだろう。
「誰よりも命を慈しむ一方で、生のみに執着する虚しさ」を
手塚治虫を、よりいっそう身近に感じるように。
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医師の仕事、医療者のルールは「患者が治るのを邪魔しないこと」だそう。
各自の自然治癒力で治ろうとするのに任せることだと言う。
全精力を傾け治療した患者が、急性期を過ぎれば
隠れ酒・隠れタバコのやるせなさ−を何度も味わい、
自分の努力や誠意に見合う、健康を維持するための患者の努力を期待し、
その度に裏切られては気を取り直し、現場に臨む。
時の流れと共に、虚しさ疲労が積み重なり、澱のように淀み・・・。
そんな医師としての憂鬱が語られた。
久坂部氏はブラック・ジャックがとことん治療する姿も、
あくどい稼ぎ方・治療の仕方が気に入っていたよう。
同時に主人公の対極ともライバルとも言える、ドクター・キリコも。
命を助けると言うと素晴らしく聞こえるが、延命措置ということになると、
それが人の幸福かどうか、キリコの安楽死こそ延命という偽善を防ぐ、
医療の一つのあり方ではないのか。
医師が内面に抱えている葛藤、救いたい治したい助けたい、
しかし、延命することに何の意味があるのか、
いったん延命治療を始めると止められず、患者にも不必要な苦痛を強い、
患者の家族には精神的にも経済的にも多大な負担をかけ、
寿命や運命がもたらす死の受容に反する延命措置に、何の意味があるのか。
その疑問を絶えず抱え続けながら、手技としての経験値を上げ、
実績を積まねばならぬ、周囲の要望に応えねばならぬプレッシャーの元、
人が病院で死ぬことが如何に自然から遠ざかっているかを知りながら、
どうすることもできない葛藤、医療の抱える暗い部分を見つめながら
日々仕事をしなければならない、医師とは、医療とは?
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一般の人は「延命」を医療の進歩と受け止めているかもしれないが、
それは実際に病気になってみないとわからない、
実にがっかりさせられるものだと語る氏の言葉には、頷かされる。
門外漢の私でも家族の病気や怪我が立て続けに続くと、
医療の進歩には感謝することもあれば、失望させられることも多々あり、
医学的な処置は肉体的には行われたかもしれないが、
患者や家族にとっては精神的には切り裂かれたも同然ということも経験済み。
医療関係者が寄り集まれば、酒席でその手の話で盛り上がるらしい。
医療に、医師に、どこまでできるかを。
久坂部氏は手塚治虫の『紙の砦』や、『ブラック・ジャック』を背景に、
医療に携わるものの悩みや葛藤を述べた。
ゆえに、漫画の世界で堂々と安楽死を実行するドクター・キリコは、
結構お気に入りのキャラクターのよう。
手塚治虫を漫画家ではなく、医療を知る人間として見た時、
その心には悪魔的なもの、虚無的なものが宿らざるを得ない。
海堂尊も「医師はB・J的なものとDr.キリコ的なものが必要」と言っているそう。
そして、若い時は理想に燃えていた久坂部氏も、
現在は医師であることに疲れることが増えてきたそうだ。
(どんな仕事でも続けていれば、「疲れる」ものだけれど、
いっそう深い疲労感にとりつかれてしまうのだろう)
なので、『日本人の死に時−そんなに長生きしたいですか』を書いたのだそう。
年を取ることで得るもの、余裕・経験・達観・落ち着き、
そういうものを失くしつつある、今に執着しすぎている日本人、
アンチエイジングに躍起になり、年を重ねることを罪悪のように思っている、
そのこと自体に疑問を持たざるを得ない氏にとって、
ますます医療とは何だろうと思わざるを得ない。
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この情報化社会は、余計な知恵を付け医療不安を煽り、
不必要な医療は「病室蟻地獄」を生み出した。
治療によって死なないけれど、十分に生きられない状況が増えた。
病院にいくデメリットを考えると、PPK(ぴんぴんころり)、
「70歳を過ぎたら病院に行かない」で死を受け入れられるような、
天寿を全うできる濃密な人生が理想。
久坂部氏の話は、確かにねと思わされる内容が多かった。
仕事の話として聞いてもやるせなく、
人生のありよう、いかに死を迎えるかという観点からも、
(聞き手の年齢層が高かったせいもあるが、)身につまされる。
健康も大切だが、延命によって自分の人生に満足度が増すかどうか、
冷静に考えると、ぞっとするものがあるのは確か。
自分で自分のことができなくなったら、自分に始末を付けたいと
思いたくもなる。そのまま生きながらえるよりも・・・。
「死」というものの価値評価の転換が必要。
死なない状況、死ねない状況は問題。
死、病、運命、寿命を、受け入れようとするか、
解決しようとするかでは全く違うとのこと。確かに。
「天寿必ずしも長寿ならず」
どれだけ自分の人生を一生懸命生きたのか。
自分の人生に満足して死ねるかどうか・・・。
「よい死に方」ねえ・・・。
ざっくり書けばこんな内容の講演でした。
御土産は「大阪発見まちあるきツァー」というマップ。
何と、「手塚治虫と大阪−歩いて感じる手塚治虫の世界」
〜幕末から近未来へ〜という内容の地図。
大阪を歩く楽しみがまた増えましたね。
(時間が取れないのが哀しいですが・・・)
また、こんな講演会に参加したいものです。
仕事を離れて。
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