『コクリコ坂から』で寝た
まず、最初に断っておくと、チラシの絵には惹かれていた。
パステルタッチのラフな少女の絵に郷愁を感じていたことは確か。
そして、原作の漫画も買ってある。まだ読んではいないが。
半年ほど前に買っていたのに、どうしても表紙を見て読めなくなってしまった。
チラシや宣伝の絵とのギャップに付いていけなかったので、
まずは読まずに映画を見るかと思っていた。
TVで流される、映画館で見る予告編にどんどん違和感が大きくなる。
家人が娘が用事で出かけたしまい、取り残されたお昼前、
『コクリコ坂』でも見に行くかいと声を掛けてきた。
私の平日の家からだとシネコンは車で10分だが、ここからだと歩いて電車に乗り、
都会の地下道を歩いてビルの屋上のシネコンまで出かけなければならない。
わざわざそこまでする必要があるのだろうか。
しかし、珍しく声を掛けてくれたのだから行く方がいいのか。
そんな逡巡は体調から来ていたのか、気持ちの問題だったのか。
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『ゲド戦記』のアニメで転んだ親の七光りから抜け出そうと悪戦苦闘している監督の、
因縁曰く付きの2作目だから期待していなかったと言えば嘘になる。
しかし、まさか、全く見ることを拒否する形で最初を見てから最後の20分程までの間、
寝倒すとは思わなかった。こんな勿体ない映画館の使い方をしようとは。
昼ご飯も殆どお腹に入れずサンドイッチの軽食で済ませ、
胃に血液が溜まるほどの負担を掛けていたわけでもない昼下がり。
映画の真ん中の具の所をすっ飛ばして寝てしまった。
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最初のジャズのBGMのせいか。あれはあれで雰囲気は良かったが、
ジブリ作品の中でも私が苦手とする『紅の豚』をすぐに連想させたことは確か。
アンニュイな雰囲気、けだるさ。
なのに画面は朝の慌ただしい景色。このギャップがしんどい。
そして、家族全員の朝ご飯の目玉焼き。6人分を一つのフライパンで作るのは無理。
その盛りつけを見ているうちに、料理をしたことのない人間の話の持って行き方、
そんな気がしてきた。目玉焼きはどう考えてもフライパンを2回使わないと行けない。
1回では3人分しか焼けない。そんなこだわりが頭の片隅に焦げ付いた。
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学校の部室。おどろおどろしい魔の巣窟、かつ、居心地の良い学生の溜まり場。
それを旧制高等学校の名残を強調したいのか、『カルチェ・ラタン』ですと?
ここで、西洋史やラテン語の単語が頭の中を浮遊し、
ついでに小説『王妃の離婚』を思い出した。
「カルチェ・ラタン」の言葉の響きと共に。
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自分の知っている世界と違うこと。異なることを受け入れること。
それが出来るのが若さの特権だとしたら、私はずいぶん年老いたのだ。
『ナウシカ』も『ラピュタ』も『トトロ』もツボだった。
『耳をすませば』も『思い出ぽろぽろ』も好きだ。
『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』も見飽きない。
眠くなることはなかった。別世界異世界の感覚に付いていけなくなることはなかった。
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『ハウルの動く城』で? 『ポニョ』で?? そして今回。
ラフの絵の美しさは、アニメの中には生かし切れていなかった。
ストーリーは今更ながらの少女漫画で、好きな人ときょうだいかもしれない。
自分の本当の両親は誰か。青春の根城をどうやって確保するか。
その解決方法は自力でというよりも、物わかりの良い大人や、
善意に溢れている大人達で構成されていて、
何だかその陳腐なストーリー展開に付いていけなくなった。
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木原敏江のヴェッテンベルク・バンカラゲン『摩利と新吾』シリーズの方が
赤面せずに青春を謳歌できるような気がする。いまだに。
『コクリコ坂から』は、私にとっては遅れてやって来た旧世代の青春、
今更こういうものを見せられて何になるという、郷愁までも至らない、
作り物の懐かしさに対する嫌悪感の様なものが先立ってしまった。
受け入れられない時、眠気が襲うのはよくある話で、気がつくと、
金持ち相手にカルチェラタンの救済はあっけなく片が付き、
二人は緊急の用件で坂道を下って海へ急ぐ。こんな終わり方になるわけ?
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へぇ、そう。やっぱり下手な少女漫画だ・・・。
せっかくジブリの名を借りていても、借り物の屋台の青春だ。
そんな気がして仕方がなかった。
誘ってくれた家人には申し訳ないが、彼もどうやら眠気が買ったらしい。
若い人は、人生経験のない若い人にはそれなりに新鮮に、
恋愛も友情も自分の出生を振り返ることさえも、何もかも新鮮に映ったのだろうか。
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「コクリコ」という言葉を聞くと昔人間? の私は真っ先に思い浮かべる。
与謝野晶子の短歌を。『歌集・夏より秋へ』に収められている
「ああ皐月仏蘭西の野は火の色す 君も雛罌粟(コクリコ)我も雛罌粟」
何といっても押しかけ女房、駆け落ちで親元を離れ、1ダースの子ども。
生活費を稼ぎ、夫を支え、洋行までさせて、そして追いかけて渡欧。
熱い女性だ。私なんぞとてもじゃないがそんな熱い生き方は出来ない。
君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)―与謝野鉄幹・晶子夫妻の生涯〈上〉 (文春文庫)
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だから、「ひなげし」なんぞ生ぬるい言い方ではなく、
漢字表記の「雛罌粟」の方が迫力と存在感があっていい。
残されている与謝野晶子の写真にぴったりだと思う。
炎の色。火の色。それは純粋で傷つきながらも初々しさを保ち続ける若さ、
若者が謳歌する青春時代よりももっと鈍色に燃える、隠微な暗い情熱を感じさせる。
私の心の中では「コクリコ」という言葉は既に一線を越えてしまっている、
命の残り火を燃やすような、生々しい与謝野晶子と鉄幹夫妻の在り方を連想してしまう。
君も雛罌粟(コクリコ)われも雛罌粟(コクリコ)〈下〉与謝野鉄幹・晶子夫妻の生涯 (文春文庫)
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恋に掛ける情熱、ライバルとの争い、凄まじいばかりの生命力、
惚れたはれは尊敬の情から始まったかもしれないが、
契りを結び共に暮らしてみると、生活の中ではアラも見え、
何よりも文才歌才生活力、何かにつけて軍配が上がる妻の元で、
暗くいじけていった感のある夫のために洋行費用まで稼ぎ出す逞しさ。
それが、この短歌に凝集されているようで、コクリコという花のイメージは、
儚げなイメージのある「雛芥子(ひなげし)」でもなく、
漱石描く所の近寄りがたい美女の面影虞美人草(ぐびじんそう)」でもなく、
軽くて甘い感じのする「ポピー」や「アマポーラ」ではどうにもならない。
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毒性の強い罌粟(罌粟)であることを感じさせない「なよやかなあでやかさ」に、
余り見出したくないもの、自分が持ち得ないと感じてしまう暑苦しいもの、
煩悩もろとも焼き尽くされてしまえばいいと思えるほどの恋人達の背景に、
風に揺れて燃えるように赤黒いコクリコの花を想像してしまうのだ。
人を忘我とさせる隠微な情熱の嵐に身を委ねる、その背景に禍々しい程の輝き。
可憐を装って風に揺れるコクリコの花の群れ。
こんなイメージが払拭できずに、映画の「海」「青」「青春」を受け入れることが出来ない。
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かろうじて、「海」という言葉で思い出すのは、これ。
『郷愁 (三好達治)
蝶のような私の郷愁!…….。
蝶はいくつか籬(まがき)を越え、午後の街角に海を見る…….。
私は壁に海を聴く…….。私は本を閉じる。
私は壁に凭れる。隣の部屋で二時が打つ。
「海、遠い海よ! と私は紙にしたためる。
――海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。
そして母よ、仏蘭西人(フランス)の言葉では、あなたの中に海がある。」 』
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主人公の名前「海」には触発されるが、「コクリコ坂」にはどうも。
思い入れすることが出来ずに、帰宅。
途中、家人のノートPCのワイヤレス接続のための部品を買いに、
人混みの中を歩いて、ますます気力体力を使い果たして帰宅。
2食分のお弁当を持って出かけ帰ってきた娘の方がまだ元気いっぱいだった。
『コクリコ坂から』はどこかでリベンジしなければならないのかもしれないが、
当分は無理そう。年齢と先入観と偏見に負けてしまったのか。
ぐったり。
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