Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

難事横たわる

忙しさに体中が沸騰するような予感を感じつつも、
まだまだそこまでは至っていない。
気持ちの上では急いていても、「急いては事をし損じる」。
だから、もう少し冷静にならなくてはと思いつつも、浮き足立つ。
そんな感じで毎日を過ごしている。
早く週末になればいいなと思っていても、
それで何が解決するというわけでもなく、片付けるよりも、
買い物するよりも、ただただひたすら閑かに寝ていたい、
と言うのが本音なのだが、そうはいかないのが現実。


仕事が一段落付いた後の遊びの予定、お誘いがあるものの、
本日の難事を抱えて、そこまで行き着く余裕があるかどうか。
ただでさえ忙しい時に限って、重なる時は重なる。
間が悪いというか、そうなって欲しくなかったというか、
こういう結果になるかという、そんなことが舞い込んでくる。
そして、更に何時間もそのことで煩わされることになり、
苛立たしさや腹立たしさは、仕事上のこととはいえ、歯噛みするほど。


運が悪かった、自分は全く悪くはない。
もしくは、何も考えていなかった。知らなかった。わからなかった。
それだけを口の端に載せて、自分自身がまるで部外者のような、
偶然そういう回り合わせになってしまったような風情で現れる。
難事の主役はそれが他人事のようなひょうひょうとした風情。
そういう姿勢を取ることが、距離の取り方が防衛?
全く何の責任も取らないと言っているわけではないのに、
何故周囲はそんな自分を、自分たちを認めてくれないのだろうと、
全く悪気のないような、心底そう思っているのか、
演技なのか、区別の付かない薄気味悪さを伴って現れてくる。


毒気に当てられたような気分になり、ほとほと疲れ果てる。
こういう場合どのようにすればいいのか。
平行線を辿るという表現は綺麗事で、摺り合わせて行かねばならぬ、
具体案を作る立場となってみれば、はなはだ迷惑な気持ちに。
何も理解や共感、土台を作らずに、嵐が通り過ぎていくのを待つだけ。
知らぬ存ぜぬではないけれど、自分が受け入れ難いことや、
考えたくないことのそこから先は、人任せ。
そんな姿勢が果てしない徒労感を感じさせる今日。

バーンアウト 仕事とうまくつきあうための6つの戦略

バーンアウト 仕事とうまくつきあうための6つの戦略

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対人援助職の燃え尽きを防ぐ:個人・組織の専門性を高めるために

対人援助職の燃え尽きを防ぐ:個人・組織の専門性を高めるために


相手のあることだから、相手がどういう風に考えるか、
どんな風に考えてきたかは一朝一夕で変わらない。
それは頭の上ではわかっていても、仕事だと割り切れない部分がある。
棘のように刺さってくる、小骨のように引っかかってくる、
一挙手一投足に否が応でも注目してしまいたくなる、
そんな自分自身にも嫌気が差すほどの、ことの成り行き。
これからしばらく先まで引きずっていかなければならない、
多くの人に迷惑や心配や心労を掛け、むろん時間も体力も消耗させ、
そういうことを前提とした「これから先の仕事の一部」に、
割かなければならない多くのことを思うと、
やるせなさ過ぎる。


仕事の日常の部分、ルーティンワークとそれ以外の部分。
簡単にすますことの出来る部分であれば、ルーティンワークでなくても平気。
しかし、日常を根こそぎにするような「えぐい」部分を持つ
「それ以外の部分」にこのとんでもなく忙しい時期の心身を削がれる、
このことが、自分の体を硬直させる。心を麻痺させる。
普通に、普通のレベルに感じたり考えたりしたら身が持たない。
どこかで何かがそう警告している。


報われる、なにがしかの甲斐がある、解決の糸口が見える、
快方に向かう、問題は改善の余地がある、歩み寄りが見られる。
そういうものであればどんなにいいか。
自分の何がわかって貰えるのか、いちいち指図されたり言われたりしなくても、
自分の人生なんだから放っておいてくれと、全身で拒否しながら、
「何も言いたくない」と笑って答えて全てを済ませようとする、
そんな世界と関わり合いと持ちたくない。
何事も「お金を払ったらしまいですよね」で済ませるのに似ている。
いや、実際そう思っているのかも知れない。


どこまで本当なのか、ポーズでしかないのか。
言葉で掴むことなど知れている。
耳に入ってくる言葉など限られている。
けれどもそういう「情報」を満載して提示される、
様々な事象を目の当たりにして、疲れている。
疲れ過ぎている、今日。
仕事とはいえ、受け入れ難い時間と、これから先。


それ以外の仕事が、まあまあ上手くいっているのが慰め。
何もかも想定外の酷さというわけではない。
好事魔多しだから、浮かれないように神様が用意した重しは、
何とも言えず今までに経験したことのない範囲で設定される。
試練、嫌なこと、それは「耐えられる状態」だから与えられるというが、
本当にそうなのだろうか。
そんなふうに感じながらも、受け入れざるを得ない今日。
厄介、実に厄介。


隔たりの大きさに、唖然としながらも、
仕事。仕事として割り切るしかないのか。
仕事だから。
出来ることなんて、本当にあるのか。
形の上で、で終わってしまいたくはないが。
ただただ、苦い思い。
幾つになっても付きまとう、この部分。
仕事とはいえ、やるせない。

キレやすい子の理解と対応―学校でのアンガーマネージメント・プログラム

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