Festina Lente2

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箪笥のなか

コハクが魂魄になって、コハク取りが魂魄を集めに来る。
海の上に軽いコハクが漂っていて、海で琥珀がとれるのだという。
本当だろうか、嘘だろうか。
不思議な第一話。


見知らぬ客が箪笥を見に来る。
嫁入りの時にぎっしり着物が詰まった箪笥を、
お披露目で見せる田舎の話を聞いたことがあるけれど、
珍しい箪笥があるからといって、人の家をそうそう訪ねたりするものだろうか。
とにかく、その人の訪問と入れ違いに、
箪笥のなかに見知らぬ毛皮を見つける、そんな第二話。


耳の中に水が入ったのか、
耳からこぼれでたのは水だったのか、米粒だったのか、
小さな七福神だったのか、真珠にまつわる話なのか何なのか、
不思議な人たちが入れ違いすれ違い出てくる話の中身に、
少し戸惑いながら、第三話。


お菊虫と梔子の花と、クチナシの掛詞、香水、
ジャコウアゲハの羽化、五円玉と絹一匁が同じ重さだという話。
箪笥がワインではなくて、上等の日本酒を欲しがって飲んでしまったなんて、
全くどういうことなんだろうか。第四話。


箪笥が船箪笥で水に浮く話。
流されたと思っていた大切なものが、みんな助かったなんて素敵だな。
そう思いながら、大震災とその後の津波を思い出している自分がいる。
直接体験したわけでもないのに、どうしてそんな景色を見てしまうのか。第五話。


蛇の話が出てきて、少し苦手だなと思う。
煮卵を三つも蛇に振る舞うなんて。
それにクリーニングに出しておいた服を誰かがそっと着ていく、戻ってくる。
別の服が無くなっている。そんな着せ替えをする蛇の話、
聞く分にはいいけれど実際にはちょっと。
おしゃれな「蛇性の人」なのかもしれないけれど、第六話。


刷毛の話、毛先の話、猫の毛の話、赤ちゃんだけが毛先を持ち、
一度髪を切ってしまったら、もう毛先がないのだという話。
だから、赤ちゃんの毛で筆を作りましょうという、
そんな商売が成り立つのだなと思い至る。
私も徳島滞在時、娘の髪の毛を筆にして貰った。
どこにしまったのか忘れてしまったが。
筆の話かと思っていたけれど、琥珀が題名だった第七話。


餅花は田舎の囲炉裏と煤けた天井の景色を蘇らせる。
お年賀のやりとり、そういう生活からとんと遠ざかっている。
繭玉と文鳥の思い出。
読んでいると自分が飼っていたセキセイインコを思い出す。
私の心をとらえたのは雪の日の遊び方。
黒い炭に紐をつけて、雪の中に落として真っ白にする。
雪で釣り。魚ではなく、鳥を釣るのだという。真っ白な鳥を。
なんてロマンチックな遊びだろうと、思わず想像の世界で遊んでしまう。
昭和の雪の匂いがする。そんな第八話。


歴史上の大きな事件が雪と絡まって出てきたようだが、
甘酒に粉山椒、そんな飲み方もあったのね。
ホームスパンのコート、懐かしい響き。
そういえば、うちにも古いコートは捨てずに大切にとってあったはずだが。
お菓子の吹き寄せ。そういうお菓子もよく食べたが昔の話だ。
富貴寄せとも書くのか。縁起がいいこと。
紫水晶帯留めの話が出てくるが、本当に紫の色は
使っているうちに薄くなってしまうのだろうか。気になる第九話。


貝殻でお雛様を作ることができるなんて知らなかった。
ちょくちょく出てくる祖父の話はとても楽しい。
というか、自分自身は遠く離れて暮らしていた祖父の思い出など殆ど無いから、
人はこんな風に世代が上の人とつながった思い出を持って
小説の中に隠し込んだり、創作したりできるのだろうかと考えたりする。
蜆汁の話。飲んだことはあっても蜆売りから蜆を買ったことなど無い。
今でもそういう地域はあるのだろうか。
おひな様に潮汁は付き物かも知れないが、蜆と行方不明の男雛の第十話。


ハト 迷子、海苔巻き、桜、花見、おばあさん、ぼけてしまった、
箪笥、引き出しの入れ替え、蝙蝠の金具、蝶の金具、金具にも雄雌があったのか。
開かなくなった箪笥の鍵が見つかるのが面白い。
1年を締めくくるように十二話で終わると思っていたら、
十一話で終わってしまった。どうしてなんだろうか。
鍵が見つかってしまったその後の話に、十二話が来る予定ではなかったのか。
そんな思いで読み終えた、長野まゆみの『箪笥のなか』


箪笥のなか (講談社文庫)

箪笥のなか (講談社文庫)