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今日は何の日

今日は「救急の日」だという認識を新たに持つようになった、この1年。
さすがに、というか何というか。家人が救急車で運ばれたり、
転院で送られたりしただけのことはある。
毎日病院に詰めていると、今日は救急車が多い日だなあとか、
あ、血液を運んでいる車が来ているとか、
ナースが、「先生は救急の応援に行っているから、病棟に戻ってくるのが
遅くなるから…云々」なんて連絡をくれたりとかで、
直接救急車に乗らなくても、それなりに影響は受ける。


去年までこの日は私にとっては、「救急の日」ではなかった。
友人の誕生日でもあり、「重陽節句」であり、
「菊花の契り」で有名な「雨月物語」を思い出させる
ロマンチックな日であったのだ。
(私は文学部出身の文学少女だったから)


それが、朝っぱらから、9/1に続いて防災訓練に関するニュース、
ドクターカーの話題、救急者が現場に着く時間が遅くなっている等
そういう話題に気を取られるようになったのだから、
実生活に即した「進歩」、があったのだとは言えるだろう。
最先端医療や日常の心構えからは、程遠い生活をしていた私を
お世話になっているブログが、地道に啓蒙してくれたお陰である。
何故ならば、そこに携わっている人間がどのように動き、何を考え、
日々どのように過ごしているかなど、知り合いでもいなければ
全く知るよしも無いからだ。


要は、身近に感じられるものでなければ関心は持てない。
平穏無事な日々が続けば、日常生活の中に隠れた危機感も
薄れるのかもしれない。(本当はその方がいいのだろうか?)
しかし、当面それはありえないことを知ってしまっている今となっては、
医療や看護、救急の話題から離れるわけにはいかないのだ。

休日出勤の朝、目を通さなければならなかった書類のトップから引用。

−−−如何なる生を生きるか、それは、他人の容喙を許さないことであり、その人自身の決定すべきことである。医師が、患者の生を左右できると考えたり、自分に全てを許せない患者は間違っていると考えるとすれば、それは、ここ一五〇年ほどの近代医療の「成功」なるものがもたらしが傲慢の結果である。医療行為が患者の生を支配できるという楽観主義の悪しき結果である。抗生物質やワクチンを使った療法が、比較的確実に患者から死を遠ざけ、生を招き寄せることに成功してきたことへの、あてへ言えば、「過信」に由来するものである。(中略)


 いわゆる、脳死体から随意に臓器を摘出するという行為は、医療の本質と摩擦を起こし、それを危うくする要素を内包していることを認めなければならない。それゆえ、法律的には脳死を認め、そうした行為を容認、もしくは奨励することは、避けるべきであると私は信ずる。とりわけ日本社会では、いったん法律に任せると、それが絶対的な基準であるかのように働き、個人の判断や医師が尊重されなくなる惧れの大きいことを思えば、この点には慎重になり過ぎるということはないと思う。(中略)


 人格と人格との切り結ぶ医師―患者関係にあって、十分な対話によるICの追求のなかから、医師は十分な説明を尽くし、その上で患者とその家族からの熟慮の末の選択を引き出すこと、そして、その事が確認できるなら、それは医療における必要な行為として、医師の側は法律的に免責される余地があること、この程度のことを社会的に合意しておくだけでよいのではないか。−−−


村上陽一郎『生と死への眼差し』からの抜粋文だった。
朝いちから、これは少々こたえた。
おまけに設問。「人格と人格との切り結ぶ医師―患者関係」は、
どのような関係にあるということか、30字以内で答えよ、と来た。
おいおい、今日は休日出勤、家人の通院日、娘は学童。
おまけに、私がドナーカードを貰った大学病院等では
職員も移植医療に積極的でない云々等、たたかれている当日だ。
(職員とその家族に積極的であるべきだと責める問題ではないと思うが)


この後も色々目を通さねばならなかったが、とにかく帰宅の途についた。
向こうから救急車が走ってくる。田舎の細い道を。
私も向かいの道路の対向車も青信号だけれど、停まっている。
よし、いいぞと思っていたら、救急車が走り過ぎようとした瞬間、
対向車が救急車に追越をかけている。???何、邪魔してんだよ。
こんな、対向できない狭い道で追い越って、そんな事しているから、
救急車は5分以内に到着できないって、責められるんじゃん。
今日は何の日か知ってるの? と心の中でどなっている私。

生と死への眼差し

生と死への眼差し