Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

淡嶋神社の雛流し

3月3日、雛祭り。以前から心に温めていた計画があった。
家族全員で淡嶋神社に参拝して、雛流しの神事を観ること。
核家族で育ち、東北の田舎を離れて生活してきた両親からは、
郷土文化的なものを受け継ぐことは無かった。
郷土食というものも習うことはなかった。
親は何を受け継いできたのだろう。
親は何を伝えたかったのだろう。


私が親から受け継いだものは何だろう。
私が娘に伝えられるものは何だろう。
せめて、郷土というものを持たない血筋の生まれならば、
文化の香りを楽しみたい、
受け継がれてきたものに敬意を払いたい、
もしも早くに両親と別れる事があっても、
色んな所に連れて行ってもらったなあ、
色んな物を食べたなあ、そんな記憶を持って欲しい、
家族の思い出を持ち続けて欲しい。


そんな私は家人と娘と共に、初めて加太へドライブ。
久しぶりの長距離で緊張。阪和道は空いていて、安全なのだけれど、
「軽」に乗っている割に暴走族だから、自制しなくちゃ。
BGMはボケ防止音楽。穏やかなので煽りながら走る気が失せる。(笑)
おまけに花粉症で目が痒くて、目をしょぼしょぼさせながらの運転。


駐車場が見つからずどうしようかと思ったが、何とか止める所を確保。
思いの外の人出。カメラ小僧ならぬカメラ高齢者の多いこと。
デジカメもさることながら、本格的な機材を持っている人が多い。
若者は殆ど見ない。少子化高齢化社会の参拝風景。


磯の香りは余りしない。薄曇の空の下、澄んだ海の水に驚く。
朱塗りの鮮やかな社殿。ぎりぎりセーフで供養の人形(ひとがた)に
願い事を書き付ける。ハンサムな神主さんが、お祭りについて説明。
女性の為の大事な神事ですと言われると、うっとりしてしまう。
「華やかではあるけれど寂しい」神事という言葉が胸に沁みる。


白木の船の舳先に、桃の花と菜の花が飾られている。
千早姿の童女の巫女が、「願い事がかないますように」と
かわいらしい声で唱えながら、丁寧に人形(ひとがた)を船底に敷き、
次に雛人形を積み込んでいく。そう、この豪華な雛人形達は
みんなの願い事を叶えるために、神の国に通じる海に向かう。


家人の声で我に返る。「女性は船を担げるんだよ!」
氏子でも無い自分が、1番船を担ぐのは恐れ多い。
2番船の先頭を担いだ。
というか、位置的に担ぐ羽目になったような気もする。


海までは思いのほか距離があったが、
これこそ本当に「乗りかかった船」。娘を横に、一緒に歩く。
船の上から、お雛様が微笑むように見下ろしてくれている。
海辺で船を3つ並べて、神事。巫女が千羽鶴を船の先導として流す。
そして船は漁船に引かれる形で沖へ。古(いにしえ)の景色。


旅立ちはいつも美しく寂しい。
そして、祭りはいつも死と再生の儀式。
火も水も清浄を保つため。
旅立ちはいつも美しく哀しい。
残酷なまでに、儚い。


四半世紀ぶりに訪れた、ここ、紀の国(和歌山県)加太の地。
淡嶋神社の雛祭りの日に行われる、雛流しの神事を観るために。
娘が「流し雛」というものは、「紙で作ったお雛様」を
流すことだと思っているので、本物のお雛様を流す行事を
見せてやらねばなるまいと思ったから、出かけた。
私自身、知ってはいたが行事そのものを見るのは初めて。


人形供養・針供養の神社として名高いこの淡嶋神社は、
知る人ぞ知る、子授け神社だ。
男女和合を象徴する品々も奥まって安置され、
子授け希望の供え物は下着。なんともストレートな願い方ではある。
私自身はそういう参拝の仕方はしなかったものの、
小豆島で陰陽をかたどった神様の小さな祠にお祈りして、
程なく娘を授かった。だから、偶然でも何でも、
世の中、目に見えぬ力は計り知れないと思っている。


紀ノ川沿いには確か子授けのお参りに、
乳房の形をかたどって奉納すると、
子宝に恵まれ、子供は丈夫に育つという神社もある。
有吉佐和子の小説に書かれていたかと思う。
庶民の願いは、いつでもストレートだ。


そこにお参りしたことはないが、ここ淡嶋神社
怖いもの見たさや興味本位で、参拝しない方がいい。
夜や、逢う魔が時の夕暮れに覗いたりしない方がいい。
本当に髪が伸びるという噂のある人形、能面、市松人形、招き猫や蛙、
実に3万5千体に及ぶ内裏雛が魂を鎮めて集う場所だ。


さて、ひょんな偶然から、
お雛様を乗せた船を担ぐ光栄に預かったわけだが、
その直前、デジカメを抱えた家人が何と言っていたか、
こともあろうにお内裏様お雛様が満載、山積みになった船を
ベトナム難民状態だな」と言ったのだ。
全くロマンのカケラもない人である。言うに事欠いて、
もう少しましな言い方があろうものを。


ボーっと眺めているだけの私を「女の人だけが担げるんだよ」と
現実に引き戻してくれたのは、確かに家人なので、
そういう意味では役に立つ人ではあるのだが。
(本当にいつでも「現実」に引き戻してくれるお人で・・・)
という訳で、本日のデジカメ写真は家人の協力。
年女として、珍しいお祭り・神事に参加させて頂いた。


さて、今日この日、
船に乗せたお雛様をどんな思いで見つめたのか。
女性だけに配られる、お供えものお下がりの雛あられ、
その後の偶然見た、炊き上げ。
神の国に還るとは、まさに壮絶なものだった。
・・・娘よ、君の心には何が残った?

紀ノ川 (新潮文庫)

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