Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

300

どうしても、見に行きたかった。気になっていた映画。
夕食後、調べてみると今日が近所のシネコンの上映最終日。
やはり、行かずばなるまい。娘と一緒に入浴しお休み。
こっそり車庫へ、途中給油して、12分で到着。
既に始まっている。チケットを購入する時間ももどかしい。


予告編で流れていた最初の見せ場、
ペルシアの使者を突き落とす所は、幸い見ることができた。
教養溢れる文人都市のイメージが強いアテネに比べて、
粗野で野蛮で猛々しく荒々しく、戦好きなイメージの強いスパルタ。
かつてスパルタ教育という言葉で、都市の名前を知った。
歴史よりも先に、峻酷なイメージが付きまとっていたスパルタ。


アジアからの脅威、ペルシャからの侵略から
いかにギリシアのヨーロッパの自由を守ったか、
というよりも、ギリシア全土を守る楯となって、
ヨーロッパ世界を守るために犠牲となって
先駆けとなって散って行ったか。
そこに1人の王と3百人の勇者がいたことを、
人間臭いリアリズムを持って劇画的に描写した作品。


そういう英雄を、英雄達が実在したか否かより、
大きな勢力に抗う、捨石となるのを厭わぬ存在こそが、
真の自由の礎であることを、セピア色のスプラッタと、
筋肉の躍動と、静かなモノローグで展開した作品。

300(スリーハンドレッド) (Shopro world comics)

300(スリーハンドレッド) (Shopro world comics)


とにかく、「マトリックス」と「英雄(ヒーロー)」を意識して
スローな画像処理が、アニメ映像と渾然一体化した艶かしさを演出。
猛々しさのエロス、戦いのアドレナリンが染み出てくるような画面。
コマ割りとクローズアップの手法が、オーソドックスな劇画タッチ。


極端にデフォルメされたペルシャ軍の王と兵士。
仮面といい衣装といい、日本の忍者をもじったとしか思えない。
王の裸同然のボディピアスムキムキマンなんか、笑える。
ここまでエキセントリックにお馬鹿丸出しの立体化は、
滑稽を通り越した人物造型だ。


戯画化されたペルシャ方との比較において
あくまでもギリシア方、スパルタの民を人間らしく見せ、
尊大で猥雑な卑小さと、豪胆で理知的な情趣を際立たせたのか。
磨き上げられた肉体と、戦いに死に所を見出す戦士の在り様が、
戦いのプロである自負と同時に透徹した仕事人を感じさせる。
無駄に飾り立て、面妖な出で立ちと畸形、
甘い言葉で人の心を惑わせ、ぼろぼろにしていく


生きて帰れるとは思ってもいない。
ただ、自分達が極限まで生きて戦った、その証として
忘れ去られること無く、記憶にとどめられることを望む王。
王とても不死の存在ではなく、神官と巫女の託宣にたばかられ、
苦悩し、決断し、先頭に立つ。


統率者として、夫として、父として、戦士として、
一貫して責務と信念を貫くスパルタの鑑たる男。
王の友人として、自分と共に愛する息子を、
生きて帰る事の無い戦場に連れて行く男。
敬愛する王と国のために、己の力を試して散ろうとする若者。


禍々しい特権意識に固執している神官。
浅ましい権力欲と欲望で動く政治家。
障害故に、スパルタの掟に捨てられたことを恨む者。
自らを神格化し、自己肥大した自我の塊の王。
ステレオタイプな敵役達のわかりやすさ。


様々な男達の中にあって、ただ1人のヒロインである王妃。
妻として母として、スパルタの女として行動しようとする女。
どこまでも続く麦畑は豊穣の印、されど麦は刈り取られる運命(さだめ)。
儚く散る人の命の象徴でもある。
麦畑の中で、スパルタの血筋を継ぐ息子を抱きしめる王妃。


ただ1人、3百人の精鋭から王の言葉を伝えるために戻った者。
「一粒の麦、死なずんば・・・」が象徴する世界。
一粒の麦の死がもたらす豊かな実り、
一つの波紋が水面に広がる大きさ、
王の言葉が歴史となり、歴史そのものを動かす。
「忘れるな、私たちを記憶せよ」
そして、海原に広がるペルシャの船団を見下ろす、
300人を種として広がったギリシアの勇士たち。


構成としては、非常にわかりやすい映画。
描写上R15指定になっているが、性的な描写よりも
スプラッタにならざるを得ない戦闘シーンが、
非常に印象的に描かれているので、
それもまあ、許せるかなとは思えるが。
もちろん小さい子は悪夢に見てしまいそうだから、
タブーな映像だけれど。
(「13日の金曜日」とどう違うかなとも思うが)


一気に観られる、退屈しない活劇。
古代の戦闘が忠実に復元されているかどうかはともかく、
映像は、美しい。ラストの楯を構えて静まり返る陣形。
勇者が矢衾にされて死せる姿は、殉教者像そのもの、
欧米人受けするキリスト教文化圏の、お決まりの構図だ。


グラディエーター」の人物造型よりは、はるかにシンプル。
それにハッピーエンドとまで行かなくても、救いがある。
希望が、明日が、自由がある。
テルモピュライの戦い、レオニダス王、
彼と彼らが意図したもの、望んだもの、
その歴史が象徴するものを、今の時代に生かせるかどうか、
それが本当の課題なのだろうが。

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