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原田康子と円楽師匠 逝く

今月末に訃報を知ったお二人。
一人はその一作だけで私の心を鷲摑みにした原田康子
原田康子に関しては、星よりもお月様になってもらいたい。
一世を風靡した『挽歌』よりも、私にとっての原田康子は、
『満月』の作者でしかありえない。


仕事だけの毎日で、心に潤いが欲しくて人恋しくて、
でも自分では何もできなくて、寂しくて虚しいだけの若い頃。
上手に時間を使うことも、遅れてきた青春を楽しむことも知らず、
学生時代も就職後も変わり映えのしない生活、
不器用で孤独な自分自身を持て余していたあの頃、
ファンタジーとも恋愛小説ともSFとも付かぬ、不思議な味わいの、
さわやかな読後感の小説が、私に原田康子の名を記憶させた。


一度も訪れた事のない北海道の地、アイヌの歴史、
人と共に過ごすこと、仕事を全うすること、
祖母と暮らした事のない自分にとって想像だにできぬ、
祖母と成人した孫との生活、
老人と暮らすのはどのようなことなのか。
単なる大人のメルヘンではなかった『満月』


過去からやってきた人を心から恋い慕い、報われぬ思い。
やるせない恋愛をこんな風にさわやかに、
歴史を交えて描くなんて、なんて素敵な。
と思ったものの、それ以上原田康子の世界に深く踏み込み、
読み続けることなく、そのまま時間が過ぎて行き、
訃報に接したこの10月の末。
『満月』を読んでから四半世紀が過ぎていた。


残念ながら、彼女の逝った日はほぼ新月
あの名作『満月』の世界とは対照的。
今はただ、空の高みでのんびりと寛いで欲しい。
一人で過ごした時間が長かったあの頃、どれほどその作品の健気な明るさ、
古風に人を恋うる事の麗しさに憧れたことだろう。
夢見る夢子の文学少女の名残を引きずり、読み耽った『満月』
だからこそ余計に、恋愛からは遠ざかり、
長く一人で過ごすことになったのかもしれないけれど。


そして当事の私には『満月』以上のものは読めなかった。
今ならもう少し読み込めると感じる『挽歌』や『海霧』。
物事の受け取り方が多少は大人になった? 
当事買い求めたものを、定年後に読む時間は来るだろうか。
読みたいと思った時には絶版になっていて、なかなか手に入らない。
そんな本が増えてきたように感じる。
いや、今の若い人には『満月』のようなラブ・ファンタジーは受けない?
そんなことをあれこれ考える。

満月 (新潮文庫)

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海霧(上) (講談社文庫)

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現代人のためのライフサイエンス

現代人のためのライフサイエンス



10月の訃報。5代目三遊亭円楽師匠。笑点の司会者。
私にとって円楽師匠の最初の記憶は自称「星の王子様」。
どこがどう星の王子様だったのか、今となっては定かでなはい。
でも、落語家が『星の王子様』だなんて変だなあと思ったっけ。
その頃、星の王子様がどのような話かもう知っている年だったっけ?
どうだったか思い出せないくらい、昔の出来事。

星の王子さま―オリジナル版

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何故か、円楽師匠と聞くと星の王子様、そして、
日航機墜落事故を連想してしまう。どうしても。
自称星の王子様は、妹を別の日航機事故で亡くしている。
(これは私の記憶に間違いがなければ、の話)
その話を聞いた時、意外と言うか、非現実的な気持ちがした。
落語家が生身の人で、家族があるということ、
事件があるまで想像したこともなかった。
芸能人は雲の上の人だと思っていたけれど、
死は誰にでも当たり前に訪れる。
誰にでも、本人にもその家族にも。


なのに、事件や記事の向こう側にあるものに付いていけない。
興味本位になるのが怖いのではなく、
人生経験の拙さが深い感情を呼び覚ませない。
そんな自分が今や定年後を視野に入れ、老老介護に怯える年齢となり、
死を現実のものとして考えざるを得ない所に来ている。
だから、全く他人、普段御付き合いのない人間、
芸能人だとしても色々考えさせられることが多い。


その時有名な歌手が、御巣鷹の山に散り、やはり亡くなった。
上を向いて歩こう』のように、幸せは星の上、空の彼方。
『星の王子様』も寂しく切ないイメージだったが、
落語家である師匠の落語そのものがどうだったか、記憶にない。
笑点でのイメージだけが残っていて、それ以上の記憶がない。
残念ながら高座を直接聞いたこともなければ、
記録映像にじっくり向かい合ったことも稀だ。

NHK新落語名人選 五代目 三遊亭圓楽

NHK新落語名人選 五代目 三遊亭圓楽


本人が噺家として引退した日、これ以上極められないと知って、
芸の道を退いた日、老いと病に向かい合い引退を決めた日、
現役の噺家として1度死に、その後、実際の肉体の死を迎える。
芸能人としての、有名人としての死。
しかし、弟子が跡を継ぎ、映像が話芸を残し伝え、
番組を見た世の人が彼を偲ぶ限り、師匠は生き続ける。


極めたものが得る特権。「忘れ去られる死」を免れること。
「永遠の死」を受け入れざるを得ない我々との違い。
そんなことを、若い頃に夢想した「生と死の違い」を今また考える。
昔読んだ『トーマの心臓』で憧れた「2度目の死はない」ことを。
誰かの中で、何かの形で生き続けることを。
今またそのことが、ふと頭の中をよぎる。


でも、病院に居る父と円楽師匠の訃報について話すことはなかった。
話すことはできなかった。
退院できるとわかっていても、話題にしたくないこと、
口にしたくない言葉には触れずに過ごしたい。
そんなことを考えた、父の入院8日目。

-40周年記念特別愛蔵版-笑点 大博覧会 DVD-BOX

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圓楽 芸談 しゃれ噺

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