Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

JR京都から東西本願寺へ

地下鉄・阪急京都線・千里線1日乗り放題切符で、一路京都へ。
阪急沿線で見所は沢山あるというのに、更に地下鉄でJR京都へ。
ここには手塚治虫ミュージアムがあり、本日まで鬼太郎とコラボ。
思わず娘が喜ぶだろうと、あれこれ買ってしまう自分。

  

  


場所が場所だけに、外国人観光客が多いので鉄腕アトムこと
アストロボーイ関連グッズに目を止める人も多い。
鬼太郎は知らなくても、鉄腕アトムは有名だものね。
手塚治虫アニメキャラだけでなく、おまけに京都限定グッズも多い。

  


それから腹ごしらえ。幸いに京都伊勢丹のレストランフロアに、
大好きなスペインバル風のバイキングランチを見つけて堪能。
何しろタパスメニューと同時にメインの一品、
ミックスオリーブが美味しく、奮発してグラスワイン。
デザートまでしっかり賞味させて頂いた。
私と家人の盛り付け量の差にご注目!(笑)

  


時間があれば伊勢丹の中をゆっくり見て回りたかったけれど、
それは次の機会に。
これはまるで食べ物のように見える石鹸。
チェコのボタニクスのもの。

  


実は京都駅の全貌を外側から眺めたのは今日が初めて。
何しろ建設決定当時から京都にふさわしくないと物議を醸した建物、
確かにことにはふさわしくない、機能的かもしれないが前衛的。
巨大な鋼鉄の芋虫が横たわっているような錯覚も。
向かいの京都タワーもことには異質なのだが、それが目立たないくらい。
そして、通称お東さんと呼ばれる東本願寺へ。

  

   
 

幕末の蛤御門の変以来、焼け落ちてしまい明治時代に再建、
信徒たちの厚い信仰に支えられた寺院は、世界最大の木造建築でありながら
残念なことに世界遺産ではない。勿体無い話ではある。
しかし、その威容と広さは驚くべきもので、
年末の静寂の中で訪れる人々を静かに受け入れていた。
惜しむらくは年末か日曜の為か、資料等接待所が閉じられていたこと。
案内書も何も手に入れられず残念なまま、その場を去ることに。

  

  

  


印象的だったのは、道路沿いの「今、いのちがあなたを生きている」の文字。
2011年にお迎えする宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌に向けての御遠忌テーマとのこと。
境内には鳩の群れと戯れる若い女性。ドラゴンボールを連想させる龍が佇む手水場。
こんな巨木がまだ日本に残っていたのかと驚嘆した太い柱。
飛天が舞う欄間の彫刻が美しい御影堂。
阿弥陀堂は、いまだ大規模な修復が続いている。

  

  

  


境内からは京都タワーが見え、瓦葺きの説明に見入る外国人観光客。
葉の散り果てた大銀杏、イベントを告げる看板。
どっしりした門がなんとも頼もしい。
拝観料を取られないのも、新鮮この上ない。
拝殿の際の喜捨のみが、全てらしい。
真宗大谷派東本願寺を後にする。

  

   


その横を通ってお東さんと仲の悪いとされている西本願寺へ向かう。
私には宗教上の詳しい事はわからない。
大きな境内にはいくつか門がある。道沿いの瀟洒な門。
皇族が通る門なのだろうか。菊のご門が美しい。
「てりむくり」の言葉を思い出しながら、寺社の建築を眺める。
風情のある壁、裏通りが続き、不思議な庭のある建物を見つける。

 

京都から東京へ続く1号線が妙に曲がりくねっている所を抜けると、
新撰組の一人が太鼓判として守ったという太鼓門が見え、
世界遺産西本願寺が見えてくる。

  

 



世界遺産とはいえ、この時期参拝客は少ない。
しかし、年が改まれば私たちがうろうろするような余裕もない。
信徒でもない人間が見学するには、このような隙間の時期が丁度いい。
お東さんと異なるのは、真新しい接待所にお茶が用意されていて、
ブックコーナーも開いていて物色できたこと。
営利以外の撮影であれば、内部写真撮影も可だったこと。

  

 


規模としてはお東さんのほうが上なのだろうが、親しみやすさはどうか。
一介の見学者からすれば西の方が見学しやすかったのは確か。
2本ある異様な外形の大銀杏は、1度はその威容を確かめたい巨木で、
その枝振りの見事さは、黄葉の時期さぞかし素晴らしいだろうと思われた。
その名残の落ち葉が舞う境内を、あちらをこちら、ここかしこと眺め回す。

 

 

 


よく覗き込むと明かりの細工物の真下は宝珠を握る龍の顔。
なんとも凝った仕上げだ。
御影堂も阿弥陀堂も、お東さんよりは小規模ながら凛とした雰囲気。
何よりも丁度法事が執り行われていて、読経する声も聞くことが出来た。
幼い子供もみな手を合わせ先祖に祈る姿が印象的。
またその場に居合わすことが許される、鷹揚な見学体制にも感謝。

 

 


庭の奥の方に回れば、誰もいない貸切のような場所、
そこに国宝の唐門。
極彩色の、それでいて落ち着いた洗練された色彩に見惚れる。
瀟洒な形と佇まいに、しばらくうっとり。
一つ一つの彫刻や獅子の表情身振りを見ていると、物語を見出す。
夕暮れの近づくこの門に、極楽浄土が開かれているような錯覚を覚える。
さすれば別名「日暮らし門」の由来は、一日中見ていても見飽きないとのことか。

 

 

 


取って返してブックセンターで幾札か本を購入。
それからもう一つの世界遺産、東寺を見ようと歩いたのだが、
のんびり両本願寺で時間を食ってしまって、辿り着いたら16時半前。
16時で入場が終わるとは想定外。仕方なく、門横の東寺餅なる店で
おやつの亥子餅・東寺餅、三色団子などを買う。
創業97年の由緒ある店の片隅は正月準備の鏡餅が。

 

 


バスが来るのを待つ間、古びた人形を商う店など覗き、
来年の干支の虎が我が物顔に幾種類も並ぶのを楽しむ。
歩き疲れてバスで戻った四条河原町で、フォションにてお茶。


一服後真っ直ぐ帰宅、『坂の上の雲』を楽しむ。
歴史を紐解いてみれば、幾重もの偶然が幸運ともなり不運ともなり、
原因と結果を絡み合わせて時間を巻き込み、人を巻き込む。
これまでの日本をこれからの日本を、どうすればいいのか。


観戦武官なる言葉に初めて接し、感慨新た。
眺め、分析し、次に備える智恵は戦いだけではなく、
未来を紡ぐ日常生活にこそ、あらまほしきこと。
娘を送り出し、あてどなく本願寺詣での今日。
我ら夫婦は何を学び見出したるや?
それにしても、歩きくたびれたー。
ではでは、おやすみなさい。

イタリアン精進レシピ

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イタリアン精進レシピ2

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自死、遺された人たち―死別の悲嘆によりそって (教学伝道研究センターブックレット)

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