Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

送られてきた本

宮城県人としては、毎日がふわふわとしていた3月半ばから4月にかけて。
2世なので生まれも育ちも関西になるのだが、それはそれ、
東北人の両親の血を受けて、毎日田舎の米を食べ、
宮城県観光カレンダーを眺めながら生活し、
訛りのある言葉で会話し、生まれ故郷の血肉、
目に見えぬ胎盤が干からびていくのを惜しむかのように、
自分の田舎という「故郷」という世界に執着している老父。


幾ばくか、焼け石に水程度の援助に対し、
従兄から(老父からは甥っ子にあたる)送られて来た1冊の本。
この辺りじゃ誰も知らないだろう河北新報社の本。
震災の特集の写真集。全くもってありがたくもありがたくない。
ニュース、映像、それにもまして何度も繰り返される、
それこそ津波のように押し寄せてくる被災地の現状に、
圧倒されて涙する老父の、その横にいる私としては、
どうすることもできずに複雑な心境。


戦争を体験している老父にとって、今回の事態はその戦争の記憶、
経験に匹敵する「メメント・モリ」だったよう。
おぼろげな世界に生きているまだらぼけの母にとっては、
忘れていることや思い出せないこと、
点滅する記憶と今が合致しないことが、幸いなのか不幸なのか。
それとも思い出していることを悟られないようにしているのか、
こっそり反芻しているのか、それさえも定かではない。


自分にとって都合の悪いことや知られたくないことを、
隠したり取り繕ったりするしょうじょうを象徴するように、
自分の言葉ではない人の言葉を毎日のように書き写し、
記憶にとどまらぬ行為を繰り返す、或いは無意味に作業し続ける
その彼方。母の故郷はもう織り進むことのできぬ
「つづれ織り」のように綻びつつ存在しているというのだろうか。


写真を送られてきて懐かしさの思い余って、涙に暮れる父。
見せて良いものかどうか、反応だけを確かめるためならば、
余り見せたくはない私。
生まれ育った地に、ルーツの地、それぞれを両手に比べて、
今、平穏に暮らしているありがたさよりも後ろめたさを感じている、
この毎日の向こうにある被災地の生活と「ここ」とのギャップ、
電話の向こうにある毎日と「ここ」との違いに・・・、
ますます目眩や頭痛が強くなる気がする。


普通に暮らすこと、今の仕事、娘や老親を守り、
今までのように暮らすことが「務め」だと言い聞かせつつも、
後味の悪い後ろめたい思いで「ここ」にいる。
父のように写真集にのめり込むことはできない。
震災に関する多くの事柄の行間に身も心も置くことができる父と、
そこからすり抜けてしまっている私との違い。
震災の悲惨な状況を自分の戦争体験と比べて「メメント・モリ」を
バランスを持って内在化できる父と、できない私との違い。


生きた時代が異なると、こうも有事・非常時の受け止め方が
異なってくるものかと改めて実感させられる。
1冊の写真集が与える衝撃は大きい。
目にも心にも。

報道写真全記録2011.3.11-4.11 東日本大震災

報道写真全記録2011.3.11-4.11 東日本大震災