Festina Lente2

Festina Lente(ゆっくりいそげ)から移行しました

里帰り美術展と健康レポート

本日はスルットkansai大活躍の日。
大阪南部を出発して頭は三宮元町へ直行、
美術館をざっと大急ぎ、梅田にとって返して勉強会兼研修。
その後家族と待ち合わせ、梅田スカイビルのドイツクリスマスマーケットと
空中庭園から夜景を堪能。 


午前中のメインは美しきアジアの玉手箱 「シアトル美術館所蔵 日本・東洋美術名品展」
娘と家人は興味を示さなかったが、ぎりぎりのスケジュールでも見てみたかった。
そのためのスルットkansai。関西の私鉄・地下鉄は全て乗れる乗車券。
一つ誤算。ルミナリエ開催期間中の人出。
おのぼりさん宜しく、次から次へと観光バスから吐き出される元町近辺の人の山。
電車から降りてみると、真昼の白っちゃけたルミナリエ界隈を三宮まで、
地図を片手にうろうろする団体が・・・。

幸いなことに明日で終わる展覧会は午前中のせいか、落ち着いた雰囲気。
どれどれ、どんな品々が里帰りしているのかな・・・。
うーん、これは。当時の日本人の時刻の美術品に対する意識の低さもあるが、
外国人好みというか、大名好みというか、渋さの中にも派手さの見える品々、
人目を引く大振りな調度品として西洋人に好まれる障壁画、
そういうものが目立ったと感じるのは私だけ?


構図といい色彩といい、金襴の衝立や襖絵、蒔絵の手箱、北斎美人画
確かに日本の美そのものなのだけれど、小宇宙を見出すような繊細な品々というよりは、
地味派手という自己主張をする作品が多かったような気がする。
それでも、今は日本に無く海外で手厚く保存されているのは何より。
廃仏毀釈運動の折は、何もかも一緒くたに薪に割られ炊き付けにされて、
塵芥となった数多の仏像、経文、美術工芸品の数々は多い。
明治維新という革命は、日本文化の価値観を把握するには
時間的にも人材的にも余裕の無い革命だった。


そんな事をふと思いながら駅へ急いだつもりなのに、余計な場所へ。
ついでに生田神社へ御参り。ここも観光客で溢れている。
早くも来年の干支の虎の大きな絵馬が飾られている。
猥雑な繁華街の横に、別世界のように出現する大きな神社。
師走のせわしさの中で妙に輝いている、俗っぽい静謐。
その佇まい。


昼食を取る時間も無く梅田に向かう。やれやれ・・・。
医療関係者ではない私が、仕事上情報として、本日是非聞いておきたいもの。
日高 庸晴氏の講演、「HIV感染の疫学的状況―性的指向と健康問題―」
講演慣れしている氏が、自分の研究班の研究を話すのは緊張すると前置き。
巧みで流暢な解説を交えながら、リアルな映像と共に差別的な現状、
自殺者・リスク行動・セクシャルマイノリティについて淡々と語る。
厚生省肝いりの研究レポートを聞いていると、
何故か海堂尊の『イノセントゲリラの祝祭』の語り口を連想する。

静かに迫り来るHIV―神戸からの報告

静かに迫り来るHIV―神戸からの報告


大都会の片隅で生活し、仕事とボランティア双方に関わってくる問題として、
無視することはできないものの、現場では語られることは無く、
無視されることも多い話題、内容。
LGBTについての勉強会の時でも問題になったが、「誰も教えてくれない、
何も分からない、情報が得られない、どうしていいのかわからない、
何故こんな待遇を受けるのか辛い、誰にも相談できない」という、
メンタルヘルスの不全感が、根底に横たわっている。


医療関係者からは、学校や社会の閉鎖的なことが常に取り沙汰される。
学校現場で意識を持って健康問題に取り組もうとした時、
忌み嫌われる性教育。理不尽なバッシングが甚だしい。
性教育のせいで少子化が加速されると信じている人もいるとか。
リスクを直視できない前近代的な誤解も甚だしい。
共生や人権問題の観点から話せる人も、現場では少ない。
ましてや、臭いものには蓋で「自分には関係ない」と思っている人も。


時代は変化している。私たちが何も知らなかった70年代ではない。
バブルな80年代でもなく、不治の病と恐れられた90年代でもない。
治療法は見つかりつつあるものの、人々の意識だけが旧態然として、
闇雲に理由無く恐れて排除する そういう状態が根強く残っている。
病気そのものについても、何故その病気が蔓延しつつあるかも。


人間としての根底にある寂しさ、孤独感、人恋しさ、
人間として当たり前に必要とされたい、認められたい、
そうして得られる自己肯定感を、どこでどんなふうに築き上げていけばいいのか、
性の問題だけではなく、根本的に人と繋がることに不安感を抱きやすい、
コミュニケーション不全の状態を、どのように改善してけば、
感染のリスクは下がるのか、そこが自分の関われるごくごく一部の場所。
取っ掛かり。その取っ掛かりは小さい。できることは限られている。
しかし、その部分を全て失くすことはできない。
自分にできるわずかの部分ではあるけれど。


残念ながら、メインの日高先生の講演以外、その他は今一つだった。
臨床心理士の方の話も、理解はできるが共感は出来ない、
妙に距離感のある、変な言い方をすれば、ハウツー本の帯のような感じ。
講演というよりも、雑然と思いつくままに現場の状況を語った。
よく言えばそんな感じ。
収穫は配布された資料。今後の活動の参考になる・・・。


某大学の看護学部開設の宣伝も兼ねて行われたせいもあろうが、
地の利もあって、結構な人出だった。
知ったからといって、急に何ができるわけでもないが、
むやみやたらな偏見を持たないようにする為、知っておかなければならない。
訊かれる側にあっては。
心して。


さすがに疲れた。家族との待ち合わせまで1時間余り。
スペイン風の居酒屋、Barで一服。遅い昼食。
グラスワインの白、タパスの盛り合わせで一服。
気持ちの切り替えを図る、土曜の夕暮れ。

HIV/AIDSをめぐる集合行為の社会学 (MINERVA社会学叢書)

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コミュニティ 安全と自由の戦場

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