Festina Lente2

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ヒックとドラゴン(ネタバレ注意)

バイキングの掟は「ドラゴンを倒せる者のみバイキングと認められる」。
故に主人公は登場人物の中で最も死に近い人間だ。
族長の跡取り息子として生まれながら、体格は貧弱、
ドラゴン戦士になれそうもない。
一人前の男として認められなければ、結婚も難しかろう。
社会の中で存在意義を認められず、また、最も直接的に餌食になり易い弱い存在。
主人公は一人前になるイニシエーションの機会さえ与えられそうも無い、
弱気で何をしても失敗ばかり、そんな少年として紹介される。


戦士になれない少年は、鍛冶見習い。
そしてその師匠も手足をドラゴンに食いちぎられたがゆえ、
戦士として引退、鍛冶を生業としている。
(族長の親友であり助言者でもある彼は、
若者たちをドラゴン戦士として育てる教官でもある。
最も死に近き者であり生き延びた勇者ともいえる彼が、
死の危険そのものであるドラゴン狩りの手ほどきをする役目だ)


北欧の雄雄しき神、トールの鉄槌を思えば鍛冶は神聖な仕事だが、
ローマ神話の中でも畸形の神がその職に就いている。
へーパイトスは優れた鍛冶屋として認められていたが、
妻のアフロディテには嫌われていた。
神話の世界でも五体満足でなければ、何がしかの差別は受ける。


物語の主人公は周囲と比べて、一段と低い位置からスタートする定番。
母親は既に無く、族長としての逞しくも統率力ある父親は、
家庭内では息子に失望し、コミュニケーションを持てない父である。
この族長である父親の名前がストイック。(笑わせるね)
確かに、一般人よりはストイックでなければ長(おさ)は務まらないか?
プライベートを切り捨ててでも全体のことを考えないと?
いやいや、親は仕事に精一杯で子供を振り返ることが少ない割に、
わが子に多大な期待をしてしまうので、思わず自分を振り返ってしまう。


主人公ヒック自身も親や周囲の期待を裏切っている自分に
自己嫌悪を抱きながら、ありのままの自分を認めて欲しいといえない。
そのせいで「折り合い」をつけることができないまま過ごしている。
そんなバイキングの村で、ドラゴンとの戦闘が始まった。
刀や弓を持って戦うことのできないヒックは、自ら考案した武器で、
誰も見たことが無いというドラゴン、ナイトフューリーを打ち落とす。
が、誰も信じてはくれない。
夜の激怒とは恐れ入るネーミングだが、見つかったドラゴンは、
ヒックの武器でバランスを取るべき方向陀ともいえる尾っぽの片翼を失った、
飛べなくなったナイトフューリーだった。


A BOY MEETS A GIRL ではないけれど、
足りないもの同士は惹かれるべくして、運命の出会いを果たす。
人間とドラゴン。狩るものと狩られるもの。
お互い相容れないはずの存在、しかし出会ってみれば、
共に臆病で共に傷つきやすく、生よりも死に近い存在。
似たもの同士だったというわけ。わかりやすい設定。
そして二人は結ばれる、ではなくて秘密の友達になる。
人間とドラゴン。本来であれば仲良くなるなんて難しいけれど。


だから宣伝文句はこうなっている。
「この夏ありえないはずの少年とドラゴンの<友情>が、
 世界を変える<奇跡>を起こす―。」
キーワードは友情と奇跡、ときた。
「少年はドラゴンに<翼>を与え、ドラゴンは少年に<勇気>を与えた」
「ひとりぼっちからふたりぼっちへ。」「素敵な出会いが待っている」
「一緒だから強くなれた」

ヒックとドラゴン〈2〉深海の秘宝 (How to Train Your Dragon (Japanese))

ヒックとドラゴン〈2〉深海の秘宝 (How to Train Your Dragon (Japanese))

ヒックとドラゴン〈1〉伝説の怪物 (How to Train Your Dragon (Japanese))

ヒックとドラゴン〈1〉伝説の怪物 (How to Train Your Dragon (Japanese))


弱肉強食が世の習いの自然の摂理の中で、友情という本能に逆らった
理性的な行動が、それまでの既存の概念を根底から覆し、
新しい展開を用意する。それを奇跡と呼ぶか、
思考の変容が行動の変容を招くと解釈すべきかは横に置いておいて、
異種、異業種の交流が新しい活力になるという、一つの鉄則を
ファンタジックな物語に当てはめるとこうなるという見本か。


振り返れば、虐げられた者、弱く儚く、それゆえに一人前とみなされぬ、
そういうものが隠された力を目一杯に使うことで世界を変えるというパターンは、
物語のお約束だ。異形であること、恵まれないこと、尋常ではないこと、
それは、普通の枠、定型に収まりきらぬ可能性を示唆すると同時に、
全てに波及する抑制の効かぬ破壊的な側面でもある。
創造性と破壊性は常に表裏一体ゆえに、普段や平時は「力なきもの」として
描写されることが多いが、えてしてストーリーの中で成長譚を演じて、
主人公は「化ける」ことが多い。


ヒックは腕力の無さを武器を開発することで補い、ドラゴンを射落とした。
誰も見たことが無い、見れば死ぬとされていた謎のドラゴンは、
自分のせいで満足に飛ぶこともかなわない存在と化していた。
無敵の存在から転落するのは容易く、這い上がるのは難しい。
鍛冶屋としての腕前の見せ所、リハビリを兼ねた義足ならぬ義尾翼をつけて、
ドラゴンは空に復活し、同時に主人公ヒックも空を飛ぶ力を手に入れる。


「自分たちの知っていることとは全く違う」ドラゴンの生態。
それを間近に知ることによって、人々からは計り知れぬ力を持つ
ドラゴントレーナーとして一目置かれる存在となるヒック。
物事を見るダイヤルをずらしてみれば、ドラゴンはペット並みの動物だった。
しかし、あくまでもドラゴン滅すべしの夢に取り付かれている父親には、
ヒックの叫びは届かない。一か零か。共存という選択を持たない父親は、
絶体絶命の危機において、「自分が間違っていた、退却!」と叫ぶが・・・。


物語における世代交代の場面。腕力だけに頼ってきた父の世代から、
知力と新しいパートナー(ドラゴン)の世界に移行するために、
無意識の象徴、或いは旧態然とした世界の象徴である巨大なドラゴン、
他のドラゴン達を従わせていた怪物との決着の場面。
今までの世界から脱し、新しい世界に踏み込む時に、
何も失うことなく得ることは叶わぬという「お約束」に従い、
ヒックは相棒となったナイトフューリーのお陰で世界を救うものの、
激戦によって片足を失う。


片尾翼を失い人工尾翼で空を飛ぶナイトフューリー。
それは激怒、抑制の利かない怒りを抑え込むことに繋がる。
ヒックもまた、一線を越えた活躍をすることにより、
父の愛情と信頼を取り戻すが、外傷によって自分の足を失う。
神聖なドラゴンを傷つけた、或いは倒した、旧世界を打ち壊した代償を
自分の片足で補い償うことになる。
しかし、族長は息子によって世界が取り戻されより豊かになったことを喜び、
素直にありのままの息子の生還を、勇者の生還として受け入れる。
仲間もまた、最も弱き者が最も強き者であったことを認めざるを得ない。


こうして物語は大団円を迎える。ドラゴンと人間の共生。
外見上不具なる者が差別されず、その個性や能力を認められる社会。
ファンタジーのよう見える「ヒックとドラゴン」に展開される物語は、
親子の葛藤、仲間内での地位獲得、イニシエーション、冒険譚成長譚、
目に見える障害(見えないものもあるのだが)をどのように乗り越え、
受け入れて行くか(受け入れざるを得ないか)、
そして友情や恋愛をも描いて楽しい作品に仕上がっていた。
もっとも子供は何も解釈せずにアニメを楽しむのだろうけれど、
北欧神話ギリシア神話も頭に置いて、
心理学的に解釈しながら見るのも楽しい。
もっとも、あれこれ考えて見られたのは吹き替え版だったから。


歯医者通いの後の隙間時間、ちょうど上映時間が空き時間とぴったりだったので、
思わず見てしまった映画。見る予定じゃなかったのに、予想外に面白かった。
こういう映画の見方もたまにならいいね。

How to Train Your Dragon

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ヒックとドラゴン ブルーレイ&DVDセット [Blu-ray]

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